20年以上ぶりかもしれないドはまりした ヨルシカの「千鳥」
所感
これは、私にとっては本当に珍しいことなのです。
こんなブログを書いているのにおかしいと思われるかもしれませんが、私は日常的に能動的に音楽を聴くということをほとんどしません。
かといって時々聞くことはもちろんあるのですが、でもそれはほとんどはクラシック作品でたまにゲーム音楽が含まれる程度。
歌詞のある音楽については、たまたま耳にしていることはあっても、聴くということは本当にないのです。
歌をじっくり聞いていたのは、中学1年~中学2年の途中までだったと思います。
その頃は、学校から帰ってくるとしばらくずっと聴いていて、CDプレイヤーを風呂場に持ち込んですらいたほどでした。
が、その一定期間が過ぎたらばったり止み、その後は、年に1曲くらいはまる曲はあったかもしれませんが、大学生に入ってからはもうその記憶がありません。
その後も、何曲かはあったかもしれませんが、でも明確に覚えているものがない。という程度なのです。
そんな私が、一昨日から繰り返し聞き、昨日などは一人でカラオケに行きこの歌のみを練習し(歌えるようになりたくてチャレンジしました。こんなのは人生初です)、そして書いている今日に至っても、リピート再生している。
そんな異常事態なのです。
その曲がこちら。
ヨルシカの「千鳥」
現時点での最新アルバム「二人称」に収録されている楽曲だそうです。
調べてみるとこのアーティストは音楽家という範疇を超えた非常に面白い活動をしているよう。
知ったきっかけは、仕事中の有線で流れてきたからなんです。
普段有線の楽曲なんて、ほとんど聞いていないのに、なぜかこれには耳が行ってしまいました。
雲が私を呼んでいる
この一節が耳に残り、帰宅してから調べて、1回だけ聴いてみようかなと思ったら、全然1回では終わりませんでした。
本当にこんなこと珍しいのですが、
歌を聴いて「うるっと」来てしまったんです。
泣きそうな感覚になったんです。
思い入れのある懐かしい歌なわけではない最新の楽曲なのに。
そして、身体を動かしたくなりました。
音楽ももちろんですが歌詞にも惹かれました。AIに「こんなことは不思議なのだ」と状況を説明してみたところ、シンパシーを感じたのではないか?とのことでした。
年代とか属性とかそういうものではなく、今置かれている「状況」がこの歌にシンパシーを感じているのではないか。
とのこと。
客観的に見ると今自分は自分の人生比でかなり恵まれている状況になってきているのだと思います。
別に自然にこうなったわけではないし、自分なりに努力もしてこうなっていると思います。
その点については、恥じる必要はないと思うし、満足もしているのだと思う。
かたや一方、本当にこれが正しいのか?という自問自答はきっと心の片隅でしていたのでしょう。
自己実現と評価、提供できる価値が一致するとは限らない。
満たされているはずなのに、どこかで別の可能性を諦めきれていない状態
そういう点が刺さったのかな...?というのが自己分析。
どんな形であっても、どんなにのろくとも、でもやっぱりあきらめるべきではない。という気持ちが共鳴したのかもしれませんね。
もちろん、その人がおかれている環境や触れてきたもの、好むものなどによって感じ方はもちろん違うのでしょうが、ただ、私としては純粋に広めたいと思った楽曲だったのです。
ヨルシカのずっとファンをされている方からしたら、1曲だけ聴いて語るなよと思われるかもしれませんが、そこはどうか目をつぶっていただきたい。
MVもとても良いので、ぜひ映像と音楽の両方を楽しんでみてください。
ここまでは、私がどれだけこの曲をいいと思ったかというアピールだったのですが、曲がりなりにも音楽ブログなので、蛇足かとは思いますが、音楽ブログとして観点を少し書いてみようかと思います。(気づいたらまた随時足すと思います)
楽曲に対する考察
ちっとばかし、楽曲を分析してみようかなと思います。
構成
(Aメロ - ブリッジ? - サビ) ×2 + 大サビって感じかなと思います。
ブリッジ?と書いたのは、伴奏がピアノだけになって、しっとりする部分です。
Aメロが8×2小節、サビが8×2小節あるのに対して、ブリッジ?の部分は4小節です。
Bメロと呼ぶには少し短いので挿入句的なものなのかなと思います。
でも、この構成かなり劇的ですよね。
ブリッジは、ふと冷静になったのか、祈りの最中にふと思ったことなのか。
なんか、そんなイメージです。
調性
フラット3つの変ホ長調の楽曲と思われます。
ただ、明確に長調って部分は実は多くないです。
冒頭こそ、変ホ長調のブラスの和音が鳴らされますが、その後は平行調のハ短調(ただ、Cmの和音に至るまでの経過が、G→CmではなくGm→Cmの動きなので、調性的にはややあいまいで、モーダルな印象)の響きだし、Aメロもその流れを汲んでいます。
ブリッジで明確に変ホの提示があり、サビも流れを次8小節単位できっちりEbに終止。(II→Vを経てのドミナントモーションもあり)
このサビでの終わり方を踏まえると変ホ長調の楽曲としていいとは思いますが、ただ、ラストはイントロがリフレインしCの音で終わる。
(平行調のハ短調の終わり)
この調性が揺れ動く感じが独特の浮遊感と爽やかさを生んでいるように思います。
また、やや民族調にも感じます。
これは後述のファがない旋律とも関連します。
音域
この楽曲のボーカルの音域2オクターブあります。
結構ヤバいです。
ただ、実は1オクターブに収めようと思えば納められるからくりがございまして、サビとサビ以外で声域が1オクターブ変わるんです。
サビに入ると音域が1オクターブ上がっている。
こういう仕組みです。
逆に言うと、もしサビでオクターブあげなければ、1オクターブに収まる楽曲になるということです。
しかもオクターブ変更をしなくても違和感があまりない楽曲だと思います。
何がいいたいかといいますと、2オクターブないと破綻する作りになっていないということなんです。
旋律を1オクターブに収めるのって結構難しいのですよね。
誤解なきように申し上げますが、サビで1オクターブ上がるのはきっちり意味がありますし、そうすべきだと思います。
1オクターブにして歌っていいという話ではなくて、そういう風に歌ったとしても違和感のない作りになっているという点を言及したかったということでございます。
ファがない旋律
ヨナ抜き音階というのを聞いたことがないでしょうか?語弊を恐れずに言えば、音階の4番目と7番目を抜いた音階で。(すごく乱暴に言うと)ファとシがない音階です。
民謡の音階としてよく知られていますが、この楽曲はこれにちょっと近いファがない音階で旋律が作られています。(シは非常に効果的に使われています)
ファがない音階は例えば、家路で知られているドヴォルザークの交響曲第9番 新世界よりのコールアングレの旋律なんかが該当します。
この音階で旋律を作ると、やや民謡の風味が出てくる印象です。
なんとなく懐かしい感じがするのはこのせいかな???
この音階について触れた記事がありましたので、リンクさせていただきました。
ブリッジの粋な変化
ブリッジは基本的にはFm→Bb→Ebという変ホ長調の明確なカデンツが含まれています。
正確にはFmではなくて、コードネームで言うとEbに9+11を足したものなのですが、機能で考えるとFm(II)の和音と考えるべきかと思います。
が、2回目は少しおしゃれな変化が伴っています。
Bbの後に、Bb7/Fbを挟んでEbとなっています。
ちょっとナポリっぽいというか。
ちなみに、旋律に経過音とは言えFが含まれるのはご法度では...?と思わなくもないけども、多分一瞬で気が付かないし、ホールでやる器楽とはちょっと違うと考えてよいのかもですね。
後述の歌のポイントにも関連するかと思いますが、ここはベースに引っ張られないように歌うのがよいかと思われます。
ただ、そもそもベースを聞いて歌わない方もいるかと思いますので、その場合には影響はないかも。
歌うときのポイント⁉
サビは8+8小節の作りで、両者はかなり似ております。そして、間違い易いと思われる場所があるので、そこだけ言及してみようかと思います。
6小節目2拍目の部分が前半は「ラ」後半は「シ」になっているので、ご注意。
前後関係でいうと、
前半:シドー「ラ」ソー(実音:DEb-CBb-)
後半:シドー「シ」ソー(実音:DEb-DBb-)
また、前半はベースがソ#の時に「ラ」を歌わないといけない(解決が旋律とベースでずれている)ので、ベースに引きずられないように注意するのがよいと思います。
(なお、内声は先にベースより先に「ラ」の音が鳴っているので、それを参考に取るのもありかも)
語らない美学
とってもいい意味で「淡々としている」楽曲だと思います。
サビ前やサビの和声など細かく見ると凝っているなというところはもちろんあるのですが、和声も安定していて変化が少ないし、言葉選びも淡々としている。
そう、感情を表す言葉や文章はほぼない。にも関わらず非常に情感がたっぷりなのである。
たとえば、最初に引用させていただいた。
雲が私を呼んでいる
これなんて、全く感情を示す言葉は含まれていないが、ただ何か心を引っ張っていくような力を持っている。
聞き手からするとなんの感情なのかはっきりとはわからないが、何か揺さぶられるという、余白の非常に大きな作品だと感じています。
余計なことを言わない、押し付けない。
それで充分伝わる。
という美学を感じます。
私なんかと比べるのは非常におこがましいですが、自分だったら説明過多になってしまいそうなのに...と思ってしまいます。
タイトルも本当にシンプルで素晴らしいと思います。
私はもう一言二言つけてしまうことが多いのに。
だから刺さったのかもしれない。
(少し作詞もする)作曲家の端くれとして見倣わなければと思わされました。
追記:オケもおもろい!
ホーンセクションが取りだたされていましたが、何度も聞いていくと、最初気が付かなかったオケにちりばめられた動きがどんどん発見されて面白いです。
私がPOPSの楽器に疎いので合っているのか?不明ですが、右から聞こえてくるギターのフィルインみたいなの好みです。
サビでEbに終止するツーファイブの動きのところで流れてくる。ドレミソラの音を用いたもの。
そのほか、コーラスも2度でぶつけているところが多かったり、結構攻めてると思います。サビの中間の終止で6音を担当させたりとかね。
追記:「私」に現れる付点
この曲の中に何度か出てくる「私」という歌詞ですが、全曲通して面白い特徴があります。
ブリッジと大サビ以外のサビの大部分は該当しませんが、大サビに至るとその共通点が出てくるというところにも狙いがあるような。
というのは、多くの部分で「わたーし」というようなイメージで、付点音符のリズムが使われているのです。
別に均等なリズムでも曲は破綻しませんが、あえてこれを使っていると考えられます。
付点はクラシックでもしばしば、溜めや推進力を感じさせるリズムとして使われますが、この曲においても、貯めのある、躍動感のある、エネルギッシュな、そんな意味合いを込めているのかな?そう感じました。
勿論リズムに変化を持たせたいという意図もあったでしょうが、同じ文字数、語感のところでも「私か否かでリズムを変えている」といった点は何か意味があるように感じられます。
カラオケのガイドって合っているの?
本筋からはずれた蛇足もいいところなのですが、昨日カラオケで練習して感じたことです。
採点モードとガイド音符をオンにして何度も歌ったのですが、なんか思っていた音程と違うなという箇所がありました。その時はそれに従って歌っていたのですが、今日よくよく聞いてみるとやっぱり違う気がする。
アウフタクトを除いたサビの5小節目4拍目の音。
カラオケだと移動ドで「ドドー」と書かれていたのですが、「シドー」じゃないかな?
コーラスの音程変化などを考えてもやっぱり「シドー」だと思うんですよね。
ちなみに、ガイドってアップデートで修正されることってあるんでしょうかね。
誰か、これわかる方いらっしゃいませんか?
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