クラシック作編曲家 田丸和弥の実践・実体験・実験・音楽日記

千葉県鴨川市出身の作編曲家が自身の吹奏楽やオーケストラでの経験と考察、検証をもとにかゆいところに手が届く記事を提供いたします。作編曲家、演奏家、音楽愛好家さん向けですがコラム記事も!サイトでは一部記事でアフィリエイトプログラム、およびAmazonアソシエイトを利用して商品を紹介しています。また、Google Adsenseを用いた広告収入を得ています。

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ダメ絶対!DTM作品に潜ませてしまいがちな意図しない不協和音について

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【この記事はこんな方に向けて書いています】

  • DTM初心者〜中級者: 「曲はできたけど、なんだか響きが濁っている気がする」と悩んでいる方。または、完璧!と自信満々な方!

  • 実演(オーケストラ・吹奏楽)を目指す作編曲家: DTMの画面上ではOKでも、実際の楽器で鳴らした時に「不協和音」にならないか不安な方。

  • 音楽理論を「実践」に繋げたい方: チャイコフスキーなどの大作曲家が、具体的にどうやって音のぶつかりを回避していたのか、生きた実例を知りたい方。

もし該当する場合は、ぜひ読み進めていただければと思います。



ダメ絶対!DTM作品に潜ませてしまいがちな意図しない不協和音について

 

 

 

響きを阻害する意図しない不協和音とは

これは、本当に文字通りなのですが、作曲者や編曲者が何気なく潜ませた音が作り出す、不協和音で、本来その響きを狙っていないものです。

 

「そんなこと、起こりうるのか?」と思われる方もいるかと思いますが、起こりえます。

 

文章で例えるとすると…

  • 誤字
  • 誤用
  • 文法ミス

全部私よくやってますね...(苦笑)

 

といった、エラーやバグみたいなものと言えるかと思います。

ただ、語弊を恐れずに言うと、大枠をぶっ壊すような作用をもつものばかりでもないのです。

ウェブページで言えばレイアウトが崩れちゃった。。。とかそんな程度のものも多いかと思います。

 

ですが、ただわかる人からするとわかってしまうし、とても気になってしまう。というのも事実ではあります。

 

たとえば、販売している本に誤植があったら、気になる人は少なからずいるでしょう。そういう印象です。

 

狙って作っていない不協和音

では、狙って作っていない不協和音とはどういうものか?と言いますと、想定している和音の構成音ではない音を混ぜてしまったものです。

 

例えば以下のような譜面

意図せぬ不協和音の例

この譜面の赤丸で囲ったところです。

ベースにF#が鳴っているところに、後からソプラノが入ってくるGなどです。

 

似ていてさらに刺激的なのがこちら。

予期せぬ不協和音の例2

こちらだとさらに半音でぶつかっています。

 

DTMではOKでも実演作品では要注意

この問題なのですが、実はDTMだとあまり問題にならないケースがあります。

それこそ、よっぽど聞き耳を立ててよくよく聞いたら変だというのはわかるケースもありますが、でもその程度なんです。

というのも、Mixによって予期せぬ不協和の問題が問題がないか些末なレベルにまで調整可能だからなのです。

この問題は、DTMだと発生しないとは言いません。

やっぱり、ある特定の語法になじんだ耳(それは少なくとも現代の主流に通ずるルートには乗っているからなのですが)には不自然に聞こえることがあると思いますが、ただ、そこまでその語法が普遍化している人以外には案外気にならないかもしれない…という点があります。

これが、もし実演であればこうはいかなかったかもしれません。

だって、おかしな音が現実に鳴ってしまうから。

 

ただし、DTMだとMixによって本当に気にならない程度にまで調整することができてしまうという側面があります。

 

発生原因推察

旋律と伴奏のコードがずれている

これどういうことかといいますと、頭の中でイメージしている和声進行や選択した和音が旋律と伴奏で異なっているという例です。

以下、例えばの解決手段です。

 

旋律に伴奏を合わせると…

旋律に伴奏を合わせた修正案

伴奏を旋律に合わせると…

伴奏に旋律を合わせた修正案

こんな風に修正が可能です。

え、旋律を変えるなんてそんなことあるの?と思われる方もいらっしゃると思いますが、クラシックの例でもあります。ご興味ある方はさらに読み進めてみてください。

 

聴いても不協和に気がづかない

これは、DTMあるあるなのですが、以下のようなことが起こりがちです。

  • うまくバランスを取られた電子音源だと気づきにくい
  • 音色のせいで違和感が生じにくい
  • 上記に絡み同時発音でないと気が付きにくい

とはいっても、耳がいい人であればこの状態でも気づくこともあるのですが…

 

また、これらはあくまでも西欧発祥の音階や和声に基づく慣例、原則に基づいた場合の話で、この慣例などに耳が慣れていないとそもそも気が付かないということもありそうです。

 

さらに、DTMなどで作曲が身近になったこと、ミキシングの技術が広まったことで、この不協和が含まれている音楽も増えており、それに耳が慣れると違和感がないこともあると思います。

 

また、西欧発祥の音楽でない場合、そもそも悪いことではない可能性もあります。

 

避けるためには?

DTMだけに頼らず自分で演奏してみる

これは、私がもう少し和解ころに作曲家の先生とお話していた時にお伺いしたことなのですが(といっても雑談の一部だったかもしれません。とは言え、雑談というのは割と本筋がでるものだと思っています)、その先生曰く「ピアノで確認しないとだめだよ」ということでした。

 

でも、今の私はそれに100%同意します。

自分で、作った曲のどの部分も切り取った場合の整合性を確かめるには自分で弾くしかない。そう思っています。

これは、天才的なセンスを持った人には関係がない話かもしれません。

 

が、少なくとも私レベルの人間においては、完全に同意するということです。

 

かといって、実際にはピアノで細かく確認できないでリリースしてしまうこともあるのですが、でも見つかったりはします。

 

なお、ピアノの音の特性(減衰するという点)から許容されてしまうケースがある点も注意が必要かと思います。

※少なくとも個人的な感覚です。減衰しようが何だろうがやっぱりおかしいと思う方ももちろんいらっしゃると思います。この音楽の理論的なものについてはグラデーションであると思います。ただ、口を酸っぱくしていってしまうのですが、この音楽が利用している文法や文化を用いている場合において、その文化や文法に親しんだ人が違和感を覚える人がいるということは無視すべきではないと思います。かといって違和感のある人がいるからやってはいけないということではない。ということも重ねて申し上げます。

何せよ、説明ができればいいと思っています。

 

ただ、その説明が屁理屈だったり、防衛的な場面で即時で反応したようなものである場合はその説得力が落ちるであろうということは合わせて触れておこうかと思います。

 

 

回避テクニックの例

では、ここからは上記のような状況をどう回避するのか、というのは実際にある楽曲をもとに紹介してみようと思います。

もはや、恒例ですが、私が敬愛するチャイコフスキーの譜面をまた提示させていただきます。

構成音を修正する

まずは、比較的シンプルな旋律以外の部分(語弊を恐れずに言えば伴奏)を変更する例です。

くるみ割り人形のあし笛の踊りのフルートの2、3番にご注目ください。

干渉を避けるために伴奏を変更した例/チャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」よりあし笛の踊り

旋律の変更ではないので、ぱっと聞いただけだとわかりにくいかもしれませんが、非常に几帳面に細かく丁寧に構成音の変更を行っているのがわかると思います。

なぜこのようなことをしているかといいますと、この楽曲の2回目以降、Vn2パートおよびVaで構成される対旋律が付け加えられているからです。

この対旋律と旋律およびそれに伴うハモリ群の異なった2つの要素を同時に存在させ、さらに美しい響きを構築するための職人的な対応であると思います。

 

配置を変更する

構成音の配置を変更して対応することもあります。

以下は、チャイコフスキー作曲の交響曲第四番の提示部第一主題の開始部分です。

和音の配置を変更して対応した例/チャイコフスキー 交響曲第四番 第一楽章

これは弦5部の譜面ですが、特に2nd Vnの動き、最上部の音がAb→F→Cとだんだん下がってきていることにご注目ください。

 

Abがある小節が基本形だとしたらその次の小節でAbが演奏されていないのはなぜでしょうか?

理由は「旋律の倚音Bbと干渉してしまうから」と考えられます。VaのAbも削除されていますがこれも同じ理由です。

 

では、その次の小節でCだけ演奏されているのはなぜか?

これについては「旋律と干渉してしまう+旋律の動きを妨げないため」と推測されます。

 

最初の小節にあったFが削除されているのは、旋律との干渉が理由です。

ではAbについてはどうでしょうか?

VaにはAbがありますが、2nd Vnにはありません。

 

VaのAbは旋律のGと半音でぶつかりますが、でもこの音は削除できません。なぜならば、和音の性質を決める音だからです。

この部分の和音はFmです。

旋律のGは倚音でありその次のFが和声音になります。

借りにVaのAbがない場合は第三音がなくなってしまってなんの和音なのかわからなくなってしまいます。

そのためVaのAbは必要となります。

 

では、なぜ2nd Vnにないのか?

 

2nd VnにAbを書いてしまうと旋律より上に和音が存在してしまうことになります。

旋律より上に和音や飾りがあるのが一概に悪いわけではありませんが、チャイコフスキーは旋律の動きをぼやかせる可能性を検討して排除したのであろう。と私は推測します。

 

驚き!大作曲家は旋律すら変える

前の方の節でお伝えしましたが、作曲家は楽曲の変化のために和声を変えたときに、旋律する変えることがあるということです。

この譜例はチャイコフスキーの交響曲第五番の第一楽章の再現部のファゴットソロの部分です。

その場所というのは、この〇で囲った場所です。

2か所を見比べてみてください。

和音に合わせて旋律(アウフタクト)を変えた例/チャイコフスキー 交響曲第5番 第一楽章再現部

このアウフタクトですが、この画像の下の段のみB(ドイツ音名H)で演奏されますが、ここ以外は、呈示部も含めすべてCの音が指定されています。

 

 

 

この不協和音についての考え方

この不協和音を悪として書いてきましたが、本当にそうなのか?という観点で書いてみようと思います。

 

文法や文化に慣れた人の感性である

「聞いても不協和に気づかない」でも簡単に触れましたが、この不協和については、西洋発祥の音楽の慣例や語法に沿った場合におかしい可能性が高い。というものです。

なので、異なったスタイルの音楽の場合は気にする必要がそもそもない可能性が高いと思います。

なので、今作ろうとしているものがどんな音楽なのか?それを考えた上で気にするのか否かを決めるというのはありかと思います。

ただし、異なったスタイルの音楽の場合、また別の気にすべき観点があることと思います。やっぱり何らかの勉強や経験、慣れは必要になるのでは?と推測します。

 

気にすべきか?無視していいか?

これはいろんな考え方があるとは思いますが…

私個人の見解としては、やはり意図せずに組み込むのは避けるべきで、気を遣うのが良いのではないかと思います。

実演目的の場合は特にです。

やっぱり、一瞬でも鳴ると響きが悪くなると思いますし、和声の機能が破壊される恐れもあります。

なので、軽視はせずに気を使った方がよいと思います。

 

なお、習得した上で気にしないようにする。というのと、知らないから使ってしまった。というのは天と地ほどの差があります。

 

 

小話

私はおよそ中学生からDTMに親しんでおりました。

最初は吹奏楽やオーケストラの曲を作ってみたいということで、今考えたら大変贅沢なのですが…PCと機材を買ってもらい、Cakewalk Home Studioというソフトを使って、夜な夜な遊んでおりました。

それを積み重ねて今では、いくばくか販売したり演奏してもらう機会にも恵まれるようにもなったのですが…

そんな過去から現在までで経験したことを最後に少し書き記してみようと思います。

 

トリルを書いていないのにトリルに聞こえる

中学生の頃に作った曲にDとすべきところ間違えてEを書いてしまったことがありました。

ト長調の楽曲のフレーズ途中の伸ばしの部分。

Dの和音が鳴っているところでした。

 

それは単純な2拍くらいの伸ばしの音。

 

しかししかし、聴いてみるとなんかトリルが聞こえるぞ???と書いてないのにとしばらく思っていたことがありました。

 

気のせいかなと思って放置しておいたのですが、気になってよくよく見てみると、なんとフルートの音がEになっているではありませんか。

で、この間違ったEの音をDに直したら、トリルっぽい響きがピタッとやみました。

 

えー、こんなことあるんだ…という発見。

 

なので、間違った音が含まれているのはやっぱりよくないと思います。

 

ただね...これによってトリルっぽく聞こえる響きという新しい発見もありましたし、それ以外にも、ハープが含まれない楽曲なのにハープのグリッサンドが鳴っているように聞こえる書法というのも発見に至りました!

 

 

エラーも時には面白いですが、それは『意図』して使いこなせるようになって初めて、自分の武器になるのです。

 

 

 

私の失敗の話

小話ですが…

まさに、やるべきではないと申し上げている私本人が大量に作ってしまっていた例でございます。

自戒を込め...

 

www.petit-orchestra.jp