POPSにも果敢にチャレンジ!クラシック作編曲家 田丸和弥の音楽日記

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くるみ割り人形のスコアから読む倚音の例と効果

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今日は私の尊敬するチャイコフスキー愛と演奏全般のポイントとなる倚音についての記事です。

倚音の大切さがわかってもらえたら幸いです。

 

 

くるみ割り人形のスコアから読む倚音の例と効果

 

泣きを生み出す倚音

演奏表現上大切な倚音。解釈が演奏の成否のキーとなると言われるほどのものです。

倚音の演奏解釈のポイントは「倚音だけに注目してはならない」ということです。倚音と和声音のセットを意識して演奏できたときに、初めて解釈できたと言えるでしょう。要は非和声音(不協和)→和声音(協和)を意識して演奏せよという事です。

 

倚音は、本来であれば、和声音を配置する部分の前にあえて非和声音を割り込ませて配置したものです。その非和声音は和声音に強く関連付けられている音(すなわち、非和声音をわずかに上下させたもの)であり、倚音は強く解決音へ行きたがる性質を持ちます。

 

倚音と解決音のセットは、倚音が作り出す強烈な不協和音による「焦燥感」とそれが和声音に解決したときの「安心感」を聞き手に与えます。これがうまく演奏できると、時には泣きを、時には高ぶる感情を、時には切ない気持ち(現に、オペラ作曲家は愛を語るポイントで倚音を多用していたりします)を表現することができ、それが聴衆の感動を呼ぶことでしょう。

 

こちらで見分け方についての記事を書きました。

www.petit-orchestra.jp

誤解を恐れずに簡単に言うと、和音が変わるポイントにいきなり現れる、非和声音です。基本的にその和音の間に解決をします。非和声音は「和音に含まれない音」を指します。

 

では、実際にどのような泣きを生み出すのか、聞いて、見ていただきたいと思います。

くるみ割り人形で倚音が効果的に使われている曲

第二部のハイライト パ・ド・ドゥからアダージョ

バレエにおける踊り手二人による名人芸を見せる場面を指します。ハイライトを形成します。バレエにおける一番盛り上がる場面で、音楽もそれに合わせ、非常に感情的なもので、感動をあおる音楽になっています。

 

そんなこんなで、この曲は倚音の効果を知るのにとても良い楽曲の1つではないかと考えています。

 

頭から聞きたいかたはこのすぐ下の動画をご覧ください。

 

案外よく知られていることですが、この曲の主題はなんと単なる下降音階なのです「ドーシラソファミレド」「ラーソファミレドシラ」です…単純な音階なのに、和声とオーケストレーションで感動的に作れるものなのですね…

 

 オーボエの泣ける旋律

パ・ド・ドゥのオーボエの旋律

パ・ド・ドゥのオーボエの旋律

 

この動きはThe倚音という印象です。モーツァルトやそれより前の時代から多用されてきたものと同様でしょう。

この後のバスクラリネットにも同じような形があります。

 

 

楽曲を盛り上げる役割を担う

続いて、これぞ倚音大活躍の場面とでも言いましょうか。楽曲の盛り上がりを添える倚音の効果をお感じ下さい。

このフレーズをご覧ください。

パ・ド・ドゥの倚音の例2

パ・ド・ドゥの倚音の例2

パ・ド・ドゥの倚音の例3

パ・ド・ドゥの倚音の例3

パ・ド・ドゥの倚音の例4

パ・ド・ドゥの倚音の例4

 

動画は1枚目の画像の開始部分から再生されます。3つの画像分一気に流れますので、ご注目ください。

この3つの画像は、一連のフレーズを指示したものですが、この倚音の連続をご覧ください。そして、出る頻度にもご注目ください。

最初は(2小節に1回)×2、続いて(1小節に1回)×2、(1小節に2回)×2、ダメ押しの長い倚音!この畳み掛けるように押し寄せる倚音の連続のこの切なさを是非音源を聞いて感じていただきたいです。

ちなみに、紫で囲ったものはベース音と一致するため、一見倚音には見えないのですが、倚音ととらえてよい音かと思います。ここは、B音の保続音(この部分はE minorなので、ドミナントペダルです。盛り上がりを形成する代表的な手法の1つです)で、その上の和音はA majorであるためです。

 

倚音に向けてのクレシェンドやアクセントがついていることにもご注目。「ちゃんと強調して演奏してね!」というメッセージですね。

 

譜面通りに演奏したものと、倚音を除いたものを聞き比べできる動画を用意する予定。(Coming Soon...)

 

 

同じようなケースは交響曲第五番 第二楽章でも見ることができます。

チャイコフスキー 交響曲第五番 第二楽章の一部

チャイコフスキー 交響曲第五番 第二楽章の一部

 

少々脱線しますが、この部分の注目点は倚音のみにありません。

  • ベースの属音ペダル(クライマックス部分の前や再現部の前にに置かれることが多い)による、これから何かが起きる感
  • 音域がだんだん上昇していくことによる興奮効果
  • incalzando, Animandoによるテンポ変化

これにより、この部分の盛り上がりを形成していると言えるでしょう。

 

脱線、トランペットの用法

はい、ここで、また脱線です。(割とみられる手法ではあるのですが)チャイコフスキーはトランペットの音を補強するために、オーボエと重ねるという手法を良く取ります。

これによって以下のような効果を期待しています。

  • 音量が(わずかであるが)増す
  • 輪郭をはっきりさせる
  • 響きを抑える

オーボエを重ねずにトランペットのみで用いるとこの逆の効果が期待できるわけです。「響きを抑える」の逆、トランペット単体で用いると「響きが輝かしくなる」という効果が生まれます。

で、この効果をクライマックスシーンで用いているんですね。この曲の一番頂点の旋律は、全オケが全力で演奏しているなか、2本のトランペットによって高らかに演奏されます。

また、第一幕のクリスマスツリーが大きくなるシーンのラストでは、4本のホルンによるハモりを引き連れて、1本のトランペットが旋律を演奏するという方法を取っています。名曲のスコアを眺めるのは本当に勉強になりますね。

 

切ない終盤

さて、もどります。この曲のラストのもう一つの盛り上がりにおいても、倚音が効果的に使われています。

パ・ド・ドゥの終盤

パ・ド・ドゥの終盤

赤字が倚音、青字が解決音です。この画像の3小節目、ヴァイオリンとヴィオラ・チェロで対照的な動きをしているのがお分かりでしょうか?映し切れませんでしたが、2小節目においては、木管楽器がこの役割をしています。

ハープの分散和音を見ていただければわかると思いますが、2小節目はC majorの和音、3小節目は、G majorの和音となっております。

これに対して、2小節目は、B音(かつ修飾的に16分音符のD音)、3小節目はヴァイオリンがF♯音(かつ修飾的に16分音符のA音)、ヴィオラ・チェロがA音(かつ修飾的に16分音符のF♯音)、この連続によって、切ない盛り上がりを形成しています。

 

もう一度脱線、木管のオーケストレーション

大変興味深いオーケストレーションの部分がありますので、ご紹介します。

 

パ・ド・ドゥ 木管の上昇音形

パ・ド・ドゥ 木管の上昇音形

 

赤、青、緑のラインが旋律(上昇音階)のラインで、上から赤、青、緑となります。

青と緑は下のオクターブを担当して、旋律線を補強する役割ですね。

1stクラリネット にご注目ください。途中で赤のラインから2オクターブ下がって緑のラインを担当しています。赤はどこへ行ったか?と言うとフルートです。

あれ、でもフルートはその前から登場していますね?なんでもっと前から受け渡さないのでしょうか?

これは、旋律のバランスを考えての処理だと言えるでしょう。

通常、木管楽器の音域は上から、フルート、オーボエ or クラリネット、ファゴットという順番で配置しますが、2小節目の最初まではフルートを差し置いて、クラリネットが一番上の音を担当しています。

これはフルートの音量を考慮しての措置と言えるでしょう。フルートの第2オクターブはとても良い音がするのですが、音量と言う意味においては少し頼りがありません。第3オクターブになってくると強奏時においても聴こえるようになってきます。受け渡しポイントはちょうど第3オクターブになっています。

これに対して、クラリネットは最高音域が通る音であるのはフルートと同様ですが、その他の音域が弱いということはありません。

 

 

「くるみ割り人形のスコアは(なぜかうまく響くけれども)異常だから安易に真似しちゃいけない」と作曲家の先生に言われたことがありますが、こんな風に作れたら面白いでしょうね…

ただし…ソロ的に使うのであればもちろんOKですが、吹奏楽の合奏にこのような形を適用するのはNGかなと思います。

 

花のワルツ

もう一曲、くるみ割り人形で一番有名な曲と言ってもいい「花のワルツ」。この曲も豪華なバレエの場面にふさわしい大曲で、倚音をところどころに見つけることができるでしょう。

 

期待を募らせるクラリネットの旋律

花のワルツのクラリネットの倚音

花のワルツのクラリネットの倚音

赤で囲った部分が倚音、青で囲った部分が解決後の音です。

ここでは倚音を3度上の音でさらに修飾しているのがわかるでしょうか?

 

哀愁漂うフルートとオーボエのデュオ

 

花のワルツの倚音2

花のワルツの倚音2

 

フルートとオーボエによるデュオの旋律です。青字が倚音、赤字が解決後の音です。緑の囲み(+クラリネット)によって、和音が判断できると思います。

ちなみに、クラリネット2番のA♯の音が八分音符で終わっているのは、この直後に出てくるヴィオラの動きを邪魔しないようにするためです。ただし、和音がわかるように1拍目に八分音符分は音を配置しています。ハープにA♯が含まれていないのも同様の理由です。

干渉を防ぐ措置

干渉を防ぐ措置

こういう心遣いとても大切なので、見習わねばです。時々やってしまいます…

F♯7の和音です。このうちのC♯の音がDに高められており、これが倚音です。

 

情熱的なヴィオラとチェロ

花のワルツの倚音3

花のワルツの倚音3

倚音2の動画を連続で聴くと直後にこの部分が出てきますので、そのままご鑑賞ください。

ヴィオラとチェロによる情熱的な旋律ですね。ここ大好きだったりします。

赤字の部分が倚音です、紫はちょっと勉強不足でわからないのですが、非和声音だけれども、解決を先延ばしにされた音でしょう。次の小節の装飾音のEを解決音ととらえれば、倚音という解釈ができますが…どうなのでしょうか?大変に倚音的な音であると思います。

黄色の部分にもご注目です、黄色は和声音なのですが、前後の倚音と同様の音形を持っています。また、リズムが倚音的でもありますので、表現としては、一連の物ととらえるのが良いかと思います。

 

(この本オリジナルかもしれませんが)倚音リズムという言葉も載っております。

 

演奏のための楽曲分析法

演奏のための楽曲分析法

 

 

 クライマックスの一コマ

花のワルツクライマックス

花のワルツクライマックス

 八分音符1個分の短いものですが、この倚音もとても大事で、ここの4小節1フレーズ(3+1とも考えられる)の頂点がどこに来るのか、この倚音によって推し量ることができます。(もちろん、和声の半音進行による興奮効果もありますが、倚音はそれにダメ押しをする存在と言えるでしょう)

 

スコア売ってます

このドーヴァーのスコア、さほど高くないのに、全曲が1冊にまとまっていて、お勧めです。(安易に管弦楽法を真似しちゃいけないと言われてはいるものの…)めちゃめちゃ勉強になりますよ。

 

 

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非和声音の解説記事。倚音について大きく触れています。 

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くるみ割り人形のスコアを楽しさをお伝えする…別視点の記事

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くるみ割り人形におけるバスクラリネットの用法を突き詰めた記事

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