POPSにも果敢にチャレンジ!クラシック作編曲家 田丸和弥の音楽日記

鴨川出身の作編曲家が、作編曲家、演奏家、音楽愛好家さんへの便利情報を提供します。時々鴨川ネタもご紹介

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ねじまき鳥クロニクルを見てきました

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人生2度目かな?と思われますが、お芝居を観てきました!

 

チケットは結構値が張るのでそんな気軽には行けませんが、実際鑑賞するとすごく引き込まれてしまい、値段のことなんて遠くへ忘れ、幸せな気分になりました。

 

鑑賞してきたのはこちらです。

horipro-stage.jp

 

小説を原作にした、

 

 

ねじまき鳥クロニクルの原作は村上春樹著の長編小説です。

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編

  • 作者:村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/04/01
  • メディア: ハードカバー
 

  

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編

  • 作者:村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/04/01
  • メディア: 単行本
 

  

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉―鳥刺し男編

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉―鳥刺し男編

  • 作者:村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1995/08/01
  • メディア: 単行本
 

 

恥ずかしながら、村上春樹さんの作品はノルウェイの森しか読んだことがなく、本作、ねじまき鳥クロニクルは未読のまま鑑賞いたしました。

 

対して読んでいない身であれですが、村上春樹さんの作品というのは、独特の世界観というか抽象的な言葉というか、一聴しただけでは、何が言いたいのかわからない言葉をよく使われる印象で、その分想像力は大いに掻き立てられるのですが、「???」がいっぱい浮かぶ、「今、これどういうことを言いたいの?何が起きてるの?」って思う場面がたくさんあると思います。

 

で、舞台になってしまうとですね、小説であれば言葉で子細に語られる風景描写、心象風景を、脚本家や演出家の感性を通した映像としてみることになりまして、余計に難しくなってしまいます。

 

もともと含蓄が多い原作者の文章をさらに、感性豊かな第三者によって再解釈され、再描写されるということを考えれば、簡単に想像がつくことではないでしょうか?

 

ただ、これは「難しくてつまらない」と言っているのではありません。

 

何が何だか確信が持てないのだけれども、妙に引き込まれる、想像力が掻き立てられる。という面白さを楽しめた舞台でありました。

 

ただ、純粋なお芝居というよりは、コンテンポラリーダンスと演劇と歌とという3つの芸術要素が絡み合ったものでありました。詳しくないので雑な感想でスミマセン…

 

セリフを発せずにダンスのみ行う演者さんが多数おりまして、しかもダンスといっても社交ダンスとかクラシックバレエとかヒップホップダンスとかそういったものとは違いまして…

 

なんというのでしょう、ダンスそのものを鑑賞させるものではなく、複雑な心象風景や概念的なものを表現するためのダンスといった印象です。

 

たとえば、オークションのシーンがありまして、それはオークションの舞台を利用したある種の「いびつな戦い」を描いているシーンとも言えまして、戦う二人がその演技をしている周りで、ダンサーさんたちがオークション会場の様子を表現していたのではないかと思います。

オークション会場の面々はその二人のバトルには無関心だけれども、せわしなく駆け引きしている様子やざわついている…

そう、本来とてもうるさくて、ギラギラしていて、活気があって…という様子を描いていたのではないかと思います。

 

本当だったら、うるさいなかひそかに行われている戦いなんか第三者にはわからずに、当事者にしかわからないような状況。

 

カオスのようなうるさい状況において、本来気づかれないであろう戦いに目を向けさせてなければならない。

 

という点において、このシーンのダンスはオークション会場のカオスのような状態を表現しつつ、戦いをすべて聞かせるということに成功していたように思います。

 

目は奇妙な動きをするダンスに奪われるのですが、耳はちゃんとセリフが聞こえている。戦いが行われていることはわかっている。

 

本来の意図は全くわかりませんが、私にはそういう風に見え、聞こえました。

といいつつ、意味のよくわからないシーンもたくさんありましたが、何度も見たらそのうち意味が分かってくるのかも???

 

 

 

もう一点ダンスで印象に残っているのが、暴力的な性行為のシーンを、ダンスによって、とても暴力的に、しかし繊細に、かつ美しく表現していたシーンでした。

本当にやるよりも却ってエロティックだったのではないかと思います。

 

双方がお互いを信頼して、力を利用しあうことで、一人では決してできないような表現が可能になるのですね。

 

フィギュアスケートのダンスやペアを見ても思います。

 

一人だと絶対無理な姿勢が多くなると思うんですよね。一人でアクロバティックな体勢を作ろうと思ったら、力を入れて姿勢を保持する必要があると思うんです。なんというか、無理をして作り上げている姿勢とでも言いましょうか。

 

しかし、二人以上がお互いをサポートすることで、何かを利用することによって脱力した自然体の表現が可能になるように思うのです。

 

たまたまアフタートークがありまして、コンタクト・インプロビゼーションと言うらしいのですが、例えばこんな表現が可能になるというか。

www.youtube.com

 

とにかく、昨日初めて得た情報量が多すぎて、言いたいことが全然まとまらない(苦笑)

 

のですが、とにかくずっと引き込まれていました。

本当に多くの面に関心しました。

音楽(3人で演奏してましたが、すごく多彩な音がしました)もだし、舞台装置(本気になるとあんなにいろんなことができるんだな…)もだし、演者さんたちは言わずもがな。

 

プロってすげえなと思いました。

 

心をつかんだら離さないんですよね。演じている間ずっと掴んでるの。一時たりともダレなかった。

普通そんなことできないよ???

 

ということで、なんだかとても不思議な満たされた夕べでございました。

 

 

最後に、これをきっかけに原作を読んでみようかなと思いました。意味不明だったシーンの意味も見えてくるかもしれません。

 

ということで、ぐしゃぐしゃですが、これにて。