クラシック作編曲家 田丸和弥の実践・実体験・実験・音楽日記

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花のワルツの不思議~豪華絢爛な楽曲と一見矛盾する縮小された楽器法について~

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花のワルツの不思議~豪華絢爛な楽曲と一見矛盾する縮小された楽器法について~

花のワルツは豪華に聴こえるにもかかわらず、実際のオーケストレーションは驚くほど節制されているのはご存じでしょうか?
本記事では、他のワルツとの比較からその理由を考察します。

 

なぜこの楽曲だけ管弦楽法が引き算的なのか?

 

オーケストラ経験者であれば一度は演奏したことのある人が多いのではないでしょうか?

また、オーケストラ経験者ではなくとも、CMで使われるような楽曲であり、一度は聞いたことのある人が多い楽曲ではないでしょうか。

それはチャイコフスキー作曲の花のワルツ。

 

この楽曲は、バレエ音楽「くるみ割り人形」の中の1曲で、群舞とともに演奏される豪華絢爛な楽曲なのですが、その曲の持つ雰囲気と一見相容れないある特徴を持っております。

 

今回はその特徴について、私個人の考察(思い付き)の記事を書いてみようと思います。

個人的な考察とは言えども、一定の客観性もあるのではと自負しております。

 

チャイコフスキー好きな人はぜひ読み進めていただければと思います。

 

注:すでに言及しておりますが、本記事は私、田丸和弥の個人的な考察記事です。これが答えというものではございませんので、その点は念頭に記事を読み進めていただければと思います。

 

 

www.petit-orchestra.jp

 

 

《花のワルツ》は誰しもが知る豪華な楽曲だが、実は楽器編成に“意外な秘密”がある

聴感と実際のオーケストレーションのギャップ

花のワルツといえば、コンサートのアンコールピースに選ばれるくらい、豪華絢爛な響きや雰囲気を纏っている楽曲。曲の長さも6-7分前後になるくらいで、比較的大きな構成を持っており堂々としています。

バレエ音楽の中でも華麗さおよび曲の長さにおいて存在感の強いこの楽曲ですが、こと楽器法に関しては非常に節制された使い方をされているのはご存じでしょうか。

実は、この楽曲においては、あえて抑制的なオーケストレーションをしたと考えられるような書法が見られるのです。

花のワルツ vs 雪片のワルツ vs 終幕のワルツ ~使用楽器の比較~

ここで、花のワルツと本バレエ音楽で似た立ち位置にあるグランドワルツ2曲「雪片のワルツ」と「終幕のワルツ」を比較してみましょう。

まずは、データで見てみましょう。

花のワルツ、雪片のワルツ、終幕のワルツの楽器の違い(際立つ点抽出)

この表は、3つのワルツにおける使用楽器の違いです。すべての楽器を網羅したものではありませんが、今回の記事において着目すべき楽器について記しております。

 

詳細に知りたい方向け。

そのほかの違い

  • 花のワルツはHarp2なし
  • 終幕のワルツにトライアングルなし
  • 終幕のワルツはチェレスタを編成に含む
  • 雪片のワルツは少年合唱を編成に含む

これを見たらお分かりになると思いますが、どれも重厚で豪華賢覧なワルツの楽曲ですが、花のワルツにのみ含まれないものが多いのがお判りでしょうか。

この点の考察を進めていきたいと思います。

 

花のワルツオーケストレーションが縮小されている⁉

先ほど呈示したデータからもわかる通り、花のワルツは他のワルツと比べて明確に使用楽器が少なく、オーケストレーションが縮小されているのがわかるかと思います。

ここでは、その縮小のされ方を少し詳しく見ていきましょう。

 

控えめな打楽器

前に記した表からわかる通り、花のワルツではシンバルやバスドラムが使われていません。チャイコフスキーといえば、金管楽器や打楽器による超ド級のオーケストレーションによる盛り上げがなされる楽曲が多いのは、すでに知られているかと思います。また、その場面で必ず登場するのがバスドラムとシンバルです。

序曲1812しかり、交響曲第4番の最終楽章しかり、スラブ行進曲しかり。

雪片のワルツではバスドラムこそ使われていませんが、シンバルは使われております。

終幕のワルツでは両方使われています。

しかし、花のワルツでは両方の楽器が使われておりません。

 

打楽器の使用に慎重になっているということが読み取れます。

 

コールアングレやバスクラリネットが使われていない

もう一点、着目すべきは管楽器の利用方法、すなわち、コールアングレおよびバスクラリネットの用法です。

この二つの楽器は、下記に上げたごく一部の曲を除きバレエ音楽全体を通して使用されています。それが例え1分に満たない楽曲であろうとも、抑制された静寂がベースとなっている楽曲であろうともです。

それなのに、花のワルツのように豪華絢爛な響きがあり、仮にtuttiで使用した場合であれば響きに与える影響がほとんど限定的(打楽器群やトランペットのように突き抜けて聞こえることがなく、ほぼ響きに紛れて同化してしまうため)すなわち、聴覚上問題になりえない楽器であるにも関わらず書かれていないという事実は、あえて、意図的に排除したと考えられるのではないでしょうか?

 

以下、参考までにコールアングレおよびバスクラリネットが使われていない楽曲を羅列いたします。

 

コールアングレおよびバスクラリネットが使われていない曲

  • 小序曲:花のワルツと似た意図を感じています。
  • 行進曲

コールアングレのみ使われていない楽曲

ただし、オーボエと共に抜かれているため、高音ダブルリードの音が不要との解釈と思われる。

  • 中国の踊り(お茶)

 

ここまでで使用楽器に着目しても、楽曲の規模や雰囲気にに使わない縮小がなされていることがお分かりになるかと思いますが、この楽曲ではもう少し特異な点があります。

 

使用楽器の縮小にとどまらない楽器法の違いについて

楽器を編成から削除する以外でも使用方法に対して節制したと思われる楽器があります。

それは「トランペットです」

古典的なトランペットの用法

花のワルツにおいては、比較的古典的なトランペットが見られます。

すなわち、決め所での打楽器群との連携的な使われ方、ファンファーレ的な使われ方、そして、tuttiでの旋律の補強などです。

いずれもトランペットの力強さを主に想定しての使い方です。

しかし、チャイコフスキーは過去作を含むバレエ音楽中において、トランペットをロマンティックな旋律楽器としてや、他の楽器への装飾としても使用している実績があります。

以下で、いくつか譜例を示したいと思います。

バレエ音楽でのソリスティックな用法

白鳥の湖の第一幕のワルツのソロ(ただし、これはコルネット)

白鳥の湖、第一幕のワルツ、コルネットのソロ

 

くるみ割り人形「チョコレート」のソロ

くるみ割り人形、スペインの踊り(チョコレート)冒頭のトランペットソロ

終幕のワルツでの金管群、弱奏でのセクションソロ

くるみ割り人形、終幕のワルツ中間部の金管セクションのsoli
バレエ音楽での装飾的な用法

雪片のワルツの中間部

くるみ割り人形、雪片のワルツ、トランペットの装飾的な用法
地味で堅実な交響曲での用法

交響曲第五番のトランペットの使い方(coming soonかも。。。)

チャイコフスキーの楽器法から見えてくる違和感

花のワルツの楽器法の中でも特に違和感の強い点としては、コールアングレおよびバスクラリネットの用法である。

このくるみ割り人形をはじめとするバレエ音楽における楽器法を見てもらえれば一目瞭然であるが、彼はコールアングレやバスクラリネットを扱えない作曲家であったわけでは決してなく、むしろ使いこなしていた作曲家であったと言えよう。

というのも、この2者の楽器の用法として、しっかりと他の楽器と組み合わせたパーツとして使いこなせていたからである。

ソロとしての起用だけであったら、それは楽器を使いこなしているとは言えないであろうが、チャイコフスキーはその真逆だったのである。

 

例えばの譜例いくつか。

ドロッセルマイヤーのファゴットとのsoli

くるみ割り人形、ドロッセルマイヤー、バスクラリネットとファゴットのユニゾン

クリスマスツリーが伸びるシーンのコールアングレ、ホルン、クラリネット、ファゴットとの一声部として

くるみ割り人形、クリスマスツリーが伸びるシーンのコールアングレ

アラビアの踊りのコールアングレ(クラリネットとのSoli)

くるみ割り人形、アラビアの踊り、クラリネットとのハモリを形成するコールアングレ

お茶のバスクラ(ベースの一部かつ、独立声部)

くるみ割り人形、中国の踊り(お茶)、バスクラリネット

終幕のワルツの中間部木管群の一員としての利用用法についての譜例

くるみ割り人形、終幕のワルツ、コールアングレとバスクラを含む木管の旋律



これはほんの一例であり、もっとたくさんの目立つ部分も目立たない部分含め、この2つの楽器を使いこなしていたのである。

では、どうしてチャイコフスキーはこの2本の楽器をこの楽曲で使わなかったのか?

それは、彼が作ったあるジャンルの楽曲との比較で見えてきます。

交響曲における楽器法との類似点

チャイコフスキーは(マンフレッドを除き)全6曲の交響曲を書いています。

特に4-6番の後期交響曲は現在でも演奏会のメインプログラムにしばしば取り上げられるほど人気があり有名な楽曲群です。

さて、なぜここで彼の交響曲を取り上げたのかというと、楽器法に類似点があるからです。

例外としてのハープはあるものの、ピッコロを加えた2管編成に準じた編成というのは、マンフレッドを除くチャイコフスキーの交響曲で採用した編成と同じなのです。*1

 

これら楽曲を書くよりはるか前、イタリア奇想曲や「ロミオとジュリエット」ではコールアングレを使用し、交響曲第5番より前に書かれたマンフレッド交響曲や交響曲第6番の前に書かれたくるみ割り人形ではバスクラリネットを使用しています。

そういう意味で、交響曲第4番や第5番でコールアングレが、第6番でコールアングレやバスクラリネットが正式採用されていてもおかしくないのです。

 

では、楽器法にも習熟しており実際に活用した経験のある彼がこの二つの楽器を採用しなかった理由、それは一体なんだったのでしょうか?

交響曲とバレエ音楽へ求めたものの違い

それは、おそらく、かれが交響曲に求めたものとバレエ音楽に求めたものが違ったからなのではないか。それが私の考察です。

両楽器のオーケストレーションに精通していた彼が、なぜ交響曲ではかたくなに両楽器の使用を避けたのか?

これは推測でしかありませんが、交響曲というジャンルに対する尊敬や特別視、古典に対する畏敬や、格調高さを表すある種の手段として取ったのであろうと、私は考えています。

すなわち、絶対音楽に対する彼なりのTPOの一環としてです。

メランコリックで独特な世界観を醸し出すコールアングレ、クラリネットより幾分強く線の細くなりがちな木管楽器のベースにふくよかさを与えるバスクラリネット...この楽器は劇伴的なバレエ音楽にはふさわしくとも、交響曲には少しを用いると過剰にロマンティックになりすぎる。

チャイコフスキーはこの二つの楽器のそんな印象を持っていたように感じられて仕方がないのです。

 

ここら辺に関しては私の勉強不足であるが、チャイコフスキーが各ジャンルに対して感じていた、または思いを寄せていた研究結果などは読んでみたいものである。

不勉強により、断言できない点、本当に申し訳なく思います。

 

しかし、花のワルツは夢の世界を届けるバレエ音楽の中の楽曲です。

では、なぜこの楽曲において交響曲的オーケストレーションが採用されたのか?

それは花のワルツのもつある側面からその必要があったのではないか。そう考察しました。

 

交響曲と花のワルツの共通点とは?

花のワルツの持つ格調高さ

花のワルツは豪華絢爛な楽曲ではありますが、またそれと同時に格調高さをも持ち合わせている楽曲であると感じています。

この格調高いという側面が、交響曲と共通点を持たせるに至ったのではないか?

そう考えました。

また、この楽曲が「格調高くあるべき」と考えられる動機がもう一つあります。

 

お菓子の国側からした公式のおもてなし楽曲=格式高くあるべき

花のワルツがバレエでどういった立ち位置にあるのかというと、2幕の終盤に入る直前。中盤のクライマックスといったところにあります。

バレエが始まる前の序曲的な、お菓子の国と魔法の王国の音楽、クララと王子の登場シーンに続き、各国からのおもてなしとしてのディベルティスマンが挟まれ、花のワルツはその締めくくりとして現れます。

花のワルツ以降は、グラン・パ・ド・ドゥとして、二人の踊り、男性女性のソロの踊り2曲、そしてコーダと続き、終幕のワルツと大詰めに至る。

 

この構成において、花のワルツは、クララと王子のおもてなしの宴の締めくくりとう立ち位置であると考えられます。

ディベルティスマンはアラビア、中国などを含む特徴的な各国の短い踊りであるが、これはおかしの国の立場から考えると外様からクララと王子へのおもてなしの踊りなのではないかと感じます。

曲調や短さ、登場人物の多さなどからの推測です。

 

これに対して、おもてなしの最後を締めくくる花のワルツは、お菓子の国の正式なおもてなしの踊りに当たるのではないか。

お菓子の国の正式な来賓へのおもてなしであるため、奇抜さや斬新さを除き、格調高く豪華絢爛な音楽がふさわしい。

チャイコフスキーはそう考えたのではないか。この正式な王朝であることに起因する格調高さや豪華絢爛さが、交響曲のそれと共通する。

その一環として楽器法も交響曲のそれに似せたのではないか?と考えられます。

 

3管編成になってしまって以降、コールアングレもバスクラリネットももはや標準装備の楽器にはなってしまっておりますが、古典的な編成の楽曲と聞き比べると両楽器はいくぶんか個性的な部分が強くあるように思います(もちろんそれが存在意義であり魅力なのですが)。

もちろん、どの楽器も個性的なのですが、その両者が加わることで古典的な響きからの乖離が大きくなるというか、そういうイメージです。

 

これは、バスドラム、シンバルといった打楽器にも言えることと思います。

チャイコフスキーの交響曲中で、バスドラムやシンバルは標準装備で使われますが、ただ交響曲の顔ともいえる第一楽章では使っていないのです。

 

そんな理由によりチャイコフスキーは、ハープとトライアングルという例外はありつつも、この花のワルツで縮小された楽器法を用いたのではないか。

 

これが、私の推察です。

 

豪華絢爛さと格調高さを併せ持った(持たせた)理由がちゃんとあった

花のワルツが、その楽曲のスケールと豪華さに比してシンプルな編成のオーケストレーションで書かれている点に関する考察を述べてきましたが、いかがだったでしょうか?

チャイコフスキーは“見せる豪華さ”ではなく、“構造的な格調の高さ”を花のワルツで表現しようとしたのではないか。だからこそ、打楽器や特殊管をあえて引き算したのかもしれない。

 

大好きな楽曲に対して、こんな視点で観察し推察してみるのも面白いかもしれませんよ?

 

ある日突然思いついた仮説について思いをはせる夜。そんなの日があってもよいかもしれませんね。

 

私も持っています。ドーヴァーのくるみ割り人形全国のスコア

 

一枚に入っているおすすめCD

 


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*1:交響曲第六番「悲愴」でバスクラリネットが用いられていることが多いが、あれは楽譜上はファゴットに記載されており、慣習としてなされているものに過ぎない。そのため、悲愴交響曲ではバスクラリネットは用いられていない(本来用いられるべきではない)という考え方に載っています。