ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》第1楽章を徹底分析!~主題、構成、聴きどころを解説~
注)この記事はCDの解説や感想文ではありません。
主題の形、和声、展開技法から楽曲の構造を読み解くことを目的とし、それを共感できる方へ向けてのものとなっています。
楽譜付き図解あり!
最も有名なピアノ協奏曲の1つに数えられるであろう、ラフマニノフのピアノ協奏曲。
浅田真央さんがソチオリンピックのフリープログラムで使用したり、伊藤みどりさんがアルベールビルオリンピックのフリーの後半の曲として使用したり...などなど、フィギュアスケートの楽曲として使用されることも多く、一度は聞いたことの方も多いのではないでしょうか。
かくいう、私も大好きなピアノ協奏曲の1つであり、この楽曲の第一楽章、実は高校生の時の最後のレッスン曲として選んだ曲であったりもします。
とはいっても、一人で弾いていただけで発表したわけでも、全然きっちり弾けていたわけでもありませんが、それでもあこがれていた曲の一つであり、少しでも触れられたことは大切な思い出であります。
さて、そんな楽曲(の第一楽章)を取り上げてみたいと思ったのは、ピアノ弾きの端くれ視点の動機ではなく、どちらかというと作り手のそれです。
というのも、この楽曲の第一楽章の構造の美しさに魅せられてしまっており、その魅力の一部を少しでも伝えられたら...という気持ちからでございます。
美しい旋律ばかりが注目されがちな印象のあるラフマニノフですが、主題を操作する腕や構成力の方こそもっと注目されるべきなのではないか…と思っています。
本文章は、論文でもなく、プログラムの曲目解説文でもなく、ただ単に、愛好家、興味があるけど、一歩踏み込んだ情報に触れたり、共感や否定してみたい、自分の見解と照らし合わせてみたい。。。といった方(がいったいどれだけいるのかは疑問ではありますが…)向けのものです。
少し音楽オタク気質のある、気の合う大学生同士が話すかもしれない…くらいの内容にできたらなと思っております。
前置きが長くなりました、では、本文へどうぞ。
(何日かに分けて追記していく可能性がございます。)
基本情報
第一楽章はハ短調、2分の2拍子、テンポ指定Moderato
テンポ指定はModeratoでこれは、決して早いテンポの指定ではなく、中庸とされていますが、現代人からするとややもったり気味といってもいいようなテンポ指定ではありますが、2分の2拍子という性質から、思ったよりするする進んでいきます。
以降、譜例を多用しておりますが、譜面を読むことにあまり慣れていない人は、倍遅く書いてあるように見えるかもしれませんが、上述の理由により思ったよりすっすっと進んでいきます。
交響曲第一番の大失敗で精神的に病んでしまったラフマニノフが復活するきっかけとなった曲として有名でございますね。
音源
フリー音源を使っているYoutubeがありましたので貼り付け。
第一楽章の主な主題の提示
まず、主題がどんな部分でどんなふうに操作され楽曲が進んでいくのか。それを楽しむためには、まず原型を知らなければなりません!
ということで、本章では主だった主題を提示していこうと思います。
第一主題の旋律(ラーーシラーーシ、ラーーソファソミ)
この楽曲のもっとも大切な主題の1つ、第一主題からです。
このラーーシラーーシ(実音はC--DC--D)まず注目
第一主題の続き。
前半部分に比べるとキャッチーでないというか、とりとめのないというか、複雑でちょっと覚えにくい印象もあるかと思いますが、この部分のパーツも使われまくっております。さらーとみて覚えておいてください。
最初にチェロが、その後コントラバス以外の弦楽器で奏でます。
第二主題の旋律(ミソドレミファーミレドシド、ラシラbシbソーファ#ソラbファソ)
第二主題の導入の部分と書きましたが、実はこの前、第二主題の序奏みたいなものがあったとしたらそこに当たる部分もあるのですが…それは後半で触れたいと思います。
第二主題の本体はこちら。
ピアノソロで提示される美しい部分。
この美しい旋律も、パーツにばらして巧みに使われていきます。
続き。
さらに、続き。
ここに、第二主題の前半部分が隠れているのがお判りでしょうか?
この譜例の3~4小節、ミソドレミ(実音GBbEBFG)の部分。
第二主題のメイン部分では四分音符で演奏されていましたが、この部分では倍の長さの二分音符で演奏されています。
これも操作の一種!
で、実はこの部分はもっと前に現れていたりするのですが、それはもう少し後半で!
主題操作を具体的に見ていこう
さてここまでで、主だった主題の羅列が完了いたしました。ここからは、呈示された主題が一体どのように楽曲中で使われているのかを見ていきたいと思います。
呈示部にもある主題操作や匂わせ
ソナタ形式の主題操作は展開部で行われるのが一般的ですが、展開部でしか行われないわけではありません。
主題を提示するための部分、呈示部で行われることもあります。
し、言ってしまえば先出パターンとして、序奏で出てくることすらあります。
ということで、呈示部での主題操作を見ていきましょう!
まず、最初。
第一主題と第二主題の間のブリッジ部分。
Vn1のCDの連続に注目です。
これは、第一主題のテーマを変形したもの。すなわち以下のような対比になっています。
ただの次のシーンへの移行句として、切迫した音型のものを持ってきただけだと思ったら大間違いで、ちゃんと主題を変形したものになっています。
続いて、同じ移行句の第二主題直前も見てみましょう。
ここは先に提示した部分2つとの関連が見られます。
どこと関係するかというと、第二主題(メイン部分)と第二主題(ラスト部分)です。
譜例で表すとこんなイメージ。
赤同士、青同士がそれぞれ関連している部分です。
和声進行の関係上CbとBbという違いはありますが、関連性は一目瞭然ではないかと思います。
また、この図から言うと、青い部分と赤い部分もそれぞれ関連している=第二主題最後の部分は第二主題を操作したものとも言えるでしょう。
続いては、呈示部と展開部ブリッジの一部である金管楽器のみで奏される部分。
この部分は、第二主題の一部を変奏したものと解釈可能です。
やや、離れた部分を組み合わせての解釈となりますが、二度上昇、三度下降、二度上昇という動きの特徴が一致します。
また、やや突飛かもしれませんが、序奏との関連性も見えます。
赤で囲った部分。最初の音こそ欠落しておりますが、三度下降、二度上昇そして、五度下降(または、四度上昇)という動きが類似しています。
ダメ押しが、展開部の直前、呈示部と展開部のブリッジの最後の部分のチェロバスです。
実はこの小節の最初にはBs.Trb, TubaおよびPfによるGの音が隠れており、今見えている部分と合わせてG-Ab-F-Gという動きがあります。これも、直前で見てきた、二度上昇、三度下降、二度上昇、三度下降と同じ音型になっています。
この動きは呈示部までを見ても、様々な箇所にちりばめられています。
なぜ、こんなに執拗に書いたのか。執拗に書くくらい重要視していたに他ならないかと思いますが、その様子は展開部を見るとより明確になるかと思います。
なお、触れてはいませんが、この直前に現れるオーボエのD-D-Gという動きや、その前のVn1のBb-Bb-Bb-Ebという動きも、大事なものととらえる考え方もありかと思います。
主題操作の醍醐味展開部
展開部に入ると、主題操作の華麗さが途端に増していきます。
何と言ってもソナタ形式の醍醐味の部分に、作曲家が力を注がないわけがない。
例えば、以下のように、第一主題および第二主題のパーツを同時に、または、つなげて旋律を作っていきます。
最初は第一主題の音程関係を若干変えつつをきれいな形で再現し、バスに第二主題のパーツ(この前で執拗に現れるといった部分を)を添え。
さらに、同時にフルートに第一主題の後半部分をオブリガート的に添える。
その後、執拗に繰り返される第二主題の主要パーツを再度持ってくる。
この形をまず、C-Db-C-Db-C-Bb-Ab-Bb-Gと提示し、続いてF-G-F-G-F-Eb-Db-Eb-Cと第一主題の展開を2度繰り返します。
この譜面上に見えているOb.の半音階(F-E-Eb)による下降音型も実は、呈示部のHrにて演奏されているものを意識しているのではと推測されます。
次の部分はさらに畳みかけていきます。
- 第一主題のリズム変形Vn1
- 第一主題の動機の反行Hr
- 第一主題後半の動機をFl, Cl
- 第二主題の執拗に繰り返されるパーツをPf
このパーツをト短調の属和音上(すなわちD7上)で展開をし、Gmの和音に落ち着くかと思いきや、Bb(しかし第一展開系のBb/D)へ逃げる。
繰り返しを今度は、ハ短調上の属和音の上(すなわちG7上)で展開をし、Cmの和音に落ち着くかと思いきや、またしてもBb(またも、第一展開系のBb/D)へ逃げる。
というのを繰り返し、次のセクションへ。
個人的にここのセクションが一番確信が持てておりません。特に紫で囲った部分は絶対に何かの動機だと思われるのだが、どこのパーツなのか…
一番簡単なのは、第一主題の動機の反行または、この次で触れるFl, Obに関連する第二主題の部分の変形のいずれかでしょうか…
低弦もリズムからやや無理やり当てはめて解釈したものであり、Fl, Obのオレンジの部分もこちらは第二主題の部分の変形とみなし、おそらくそうだろうと思われるものの、第一主題の形とも類似している。
そんなこんなで、どれもこれも確証が持てない部分です。難しい(でもそれが面白い笑)
この部分は4回繰り返され次のセクションへ、そして、だんだん大詰めへ!
厳密には、上記のパターンを2つ1セットが2回繰り返されるといった方が正しいように思われます。
次からしばらく長調になり、爽やかに疾走感あふれる形で展開部を駆け抜けていきますが、相変わらず、主題の変奏を組み合わせ。
まずは、オーケストラが変奏の主体で、ピアノが三連符で音楽をどんどん進めていきます。
とは書いたものの、ピアノの二分音符と四分音符の組み合わせはこの前の段のベースラインをなぞったものであり、やはり何らかの変奏であろうと考えられます。
上記を調を変えて2回繰り返した後、木管の役割に+αを持たせたものをピアノが演奏するパターンを2回繰り返し、また、徐々に劇的な短調へと進めていきます。
ここからが展開部大詰めの開始部分。
トランペットは相対的に弱い音強で書かれていますが、これまた例の動機。
この動機は、このセクションの後半のメロディの一部として弦楽器で奏され、さらに次のセクションである展開部の大詰めの最も盛り上がる部分でも現れます。
それは、この部分。
個人的に最も好きな箇所の1つでありまして、トランペットおよびホルンで先ほどの主題が4回畳みかけられます。
こうして、劇的ですが、すっきりと進んでいく展開部は閉じられて楽曲の後半へと入っていきます。
再現部~コーダにかけての展開、最後のダメ押しにも注目
再現部はその名の通り、呈示部の再現(とは言っても単純な再現であることはほぼないが)なので、それまでと比べると注目ポイントが多いわけではないが、ピアノの音型には注目である。
またしても、あの執拗に繰り返される動機が飾りとして、しかし派手に鳴り響きます。
さらにさらに、再現部が終わりますよ。といったところ、コーダ前のブリッジ(と解釈しましたが、すでにコーダの一部という解釈もありかと)でもまたしても登場。
このブリッジは木管楽器にひたすらこの動機を繰り返させて進ませています。
行きついた先は、第二主題の落ち着いた変奏。
ここでもやっぱりあの主題は出てくるのですが。(第二主題の一部なので)
と展開部が終わってからもずっと繰り返されてきた変奏。
ここで取り上げていない部分、例えばMeno mossoに入ってからの弦のリズムもオーボエのD-D-Gという動きや、その前のVn1のBb-Bb-Bb-Ebという動きという部分で触れたリズムと一緒ですし、その後に現れるピアノのAb-Gという動きもなにかの動機と関連が見られると推察されますが、この曲の最後の最後でも、主要主題の超絶インパクトのある登場があります。
それがこれ。
それまで、展開部でも一番多かったとは言えない、第一主題の動機が現れ、その動機で第一楽章が締めくくられるのです。
さて、主題の操作は古典から時代を追うごとに楽曲全体、すなわち楽章をまたがってされるようになってきました。
この曲も例外ではなく、第二楽章にも第三楽章にも第一楽章で提示された主題に基づく旋律や動機が見られます。
「あ、これとこれは共通点があるぞ?」「もしやこの主題の変形か?」みたいに分析しながら読み進めるのも面白いと思います。
是非、お試しください。
楽曲を解析してみるのはとても面白い
ここまで読んでもらえたら、ラフマニノフが旋律だけの人ではないということに共感していただけるのではないか?と私は考えております。
満足です。
この記事は、ラフマニノフのすごさを知ってほしいという気持ちから書いたものですが、もう一つ別の思いも込めていたりします。
それは、すなわち楽曲を分析してみる面白さに気づいてくれる人が一人でも多くなってくれたら、うれしいなということ。
なんでもそうだと思うのですが、裏打ちされた経験や知識を持っている人の話を聞くのって面白いんです。
さらに、そういう人の話を聞くだけでなく、自分が対話できるようになるともっともっと面白くなるし、議論をすることで発見があるかもしれない、ひいては発信していける側になるかもしれない…
そういう経験を、ちっとばかししてきたことがあるので、一緒に楽しい沼にはまってみませんか?という気持ちも込めて書いてみました。
一人でもそういう人が現れてくれたらうれしいな。ということで、本編は締めます。
この先はおまけですが、もしご興味のある方はさらに読み進めていただけますと嬉しく思います。
蛇足
この先はおまけセクションで、思いついたことをつらつらと書いていってみようかと。
ピアノという楽器のすごさ再認識
この楽曲を聞き、楽譜を見てみると、ピアノという楽器もつ能力に改めて気づかされます。
例えば...
- 1台でオーケストラの和声を十分に担える。(第一主題の部分とかすごいよね)
- 1台でオーケストラのリズムの補完も十分にこなせる。(同上)
- 上記2つを両立し、演奏上かなりの持久力を誇る。(結局、上二つなんだけどね)
ピアノを抜いたオケのみの音を聞くと特に上2点の影響力の大きさがわかるであろうと思われます。
スコア上からも想像できるのですが、この曲はピアノを抜くと、音もリズムもスカスカなんですよね。
和声を補完し、リズムを埋めることで流れを作り、スカスカさを埋めてしまえる。しかも、たった一人の奏者が大人数のオーケストラに対抗して。
ハープも近いことができると思いますが、和声的な敏捷性はピアノのそれには及ばないだろうし、音強のレンジの広さは圧倒的に劣ります。
すさまじい楽器です。
協奏曲というと、超絶技巧や美しい旋律に注目が行きがち、楽器や奏者の能力をアピールしがちであるが、この曲はそうでない部分でも魅せられることや、楽器の底力を知るのに、うってつけであると思います。
とここまで、ピアノの素晴らしいところを書いてきましたが、弱点というか…できないこともありまして、音の保続が苦手で、絶えず動いていないと貧弱な響きになりがちという一面は無視できないかなと思います。
オケと同じリズムで動く場合は、音色の変化、アタックの強化くらいしか担えない。
いや、ピアノの長い音符も美しいんですよ。でも、減衰してしまうという特性からは逃れられない。長所でもあり短所でもありなのかなと思います。これぞ特徴なんでしょうね。
ラフマニノフはメロディメーカーである前に主題労作(主題操作)の技巧派なのでは?
展開部はよどみなくかつ目まぐるしく進むイメージ。
スムーズすぎて、あっという間に通り過ぎてしまう。
主題労作がさりげなく巧みな点は、よく対比されるチャイコフスキーと一線を画す部分かなと思います。
何と言っても、パガニーニの主題による狂詩曲の第18変奏を書いちゃう人だから、もともと得意なんだろうと思います。
この曲の第18変奏は主題の反行の秀逸な例であると思う。
手前味噌で恐縮ですが、主題操作について、触れた記事でございます。
合わせて興味を持っていただけると嬉しく思います。
反行についてのイメージ図(今見ると、これどうなの。。。とは思いますが…)なんかも配置しております。
ラフマニノフは旋律がメランコリックで美しいとよく言われるように思いますが、個人的にはこの人の旋律は一体どういう構造になっているのか皆目見当がつかない奇妙なものに見えます。確かになんとなく美しいし、パーツは単純に見えるんだけれども、切れ目がなく、長く、しかも、AABAとかABAみたいな単純さも持ち合わせていないという。。。
(そもそも切っても切り離せない関係のものではありますが)旋律と和声両面で聞かせるタイプで、わかりやすい旋律美の人ではないのかなと思います。
交響曲第一番の旋律とかもっとよくわからないし(苦笑)
ラフマニノフは時代遅れといわれたりすることがある。主に旋律のロマン主義的なところに言及されてというのが多いようですが、上で書いたように実はかなりの技巧派なのではなかろうかと思う。
主題操作のみならず構成も隙がないと個人的には感じる。
特に本曲の第一楽章はソナタ形式として最もスマートなもののひとつではなかろうかと思います。
特に、展開部は、一番無駄がなく、スッキリとしていて、かといって必要十分な展開もなされている。特にスマートだなと感じる点は、主題をこねくり回して技量を見せつけてやろうというようなあざとさがないのに、実は非常に巧みに主題を変奏、変形させているところ。
さりげなくものすごいことをやっている。
こういう側面に職人気質と彼の美学を感じます。
彼の生きた時代からすると、技巧的であったとしてもそれでも過去の枠組みの中から抜け出せていないというのは時代遅れといわれても仕方がないのかもしれない。
それはそうなのであるが、見方を変えると、前衛の力を借りずとも十分な実力を発揮できたからする必要がなかったとも言えるような気がする。
彼の主題労作の巧みさは、そう感じさせうるものなのではないかと感じている。
勉強が足りていないので、裏付けがなく、本当に主観でしかないが…
もちろん、主題労作にも秀でていて前衛音楽に行った人もいるんだろうとは思うが…(不勉強で申し訳ない)
思い出の音源
この曲を知ったきっかけの1枚です。メインはチャイコフスキーで、自分もチャイコフスキーお目当てで買ったのですが、はまったのはラフマニノフの方。
チャイコフスキーはもちろん大好きなんですが、ピアノ協奏曲については、圧倒的にラフマニノフが好き。
この音源、一部音質に残念なところがあるのですが、全くよどみなく美しく進んでいくカッチェンのピアノとオケの推進力が私の好みにばっちりはまっていて、これを超える演奏には出会っておりません。
どこかで試聴でもできるといいのですが…
なお、最初はアルペジオになってしまっていますが、よくあることだしご愛敬ということで。
だってねぇ。。。手がよっぽど大きくないとマジ譜面通り弾けないですよ。。。
関連記事
ピアノ曲解析のフォルダです!