音部記号の話を少し進めて(進めて???)移調譜の話にうつりたいと思います。
音部記号と移調譜の話 後編
前編の続きです。
前編では音部記号について、詳細に書きましたので、後編では移調譜について書いてみようと思います。
移調譜とは
移調譜とはなんでしょうか?
移調奏について触れた記事を書いたことがありました。
移調奏とは、「自分で音の高さをずらして書いてある調と異なった調に演奏すること」ですが、移調譜とは、「記譜と異なった高さの音を出す楽器を正しい音の高さで演奏するためにあらかじめ音の高さをずらしてある譜面」ということです。
いったいなんのこっちゃ?ですよね。
まず、記譜と異なった高さの音を出す楽器の例。たとえばBbクラリネットの場合、記譜と、この記譜を読んだときに出される音はこのような関係になります。
記譜より長二度低い音が出ます。ということで、ハ長調で書かれた曲を演奏すると演奏されるのは、変ロ長調になってしまします。
これを踏まえ、実音で演奏されるオーボエとBbクラリネットでハ長調でユニゾンをさせるにはこんな書き方をする必要があります。
先ほどと逆に、長二度高く記譜する必要があります。ハ長調で演奏させたいのであれば、二長調で記譜しなければなりません。
移調譜とはこんな譜面です。
実際に使われている移調譜
ではここで、実際に使われている移調譜を見ていきましょう。
基本的なin Bb、in F、in Eb
in Bb
記譜に対して、演奏される音が長二度低くなるため、記譜は長二度高くする必要があります。
代表的な楽器を羅列します。
- Bbクラリネット
- ソプラノサックス
- Bbトランペット
- Bbコルネット
- フリューゲルホルン
in F
記譜に対して、演奏される音が完全五度低くなるため、記譜は完全五度高くする必要があります。
代表的な楽器を羅列します。
- イングリッシュホルン
- (現代の)ホルン
in Eb
こちらは記譜に対して、演奏される音が短三度高くなるものと、長六度低くなるものがあります。
短三度低く記譜
- Ebクラリネット
- ソプラニーノサクソフォン
- Ebコルネット
長六度高く記譜
- アルトクラリネット
- アルトサクソフォン
- テナーホルン(アルトホルン)
時々出てくる、しかし標準の1つかな?私は苦手、in A
吹奏楽で使われることは極めてまれですが、オーケストラでは標準装備の1つであるA管クラリネットというものがあります。
この楽器は、記譜に対して、演奏される音が短三度低くなるため、記譜は短三度高くする必要があります。
このA管クラリネット以外にも、オーボエの特殊楽器の一種である、「オーボエ・ダ・モーレ」もin Aの移調楽器であったりします。
また、似たようなもので、現代ではほぼ見られませんが、A管のバスクラリネットと言うものを総譜で見られることがあります。チャイコフスキーのくるみ割り人形にそれが存在したであろうというのが推測される記載が見られます。
A管バスクラリネットにはそれなりの合理性があったと思います。例えば、この曲「ジゴーニュおばさんとピエロ」の最後に「A」と「G#」による16分音符による交互の音形が出てきますが、Bbバスクラリネットの場合はトリルキーを使った喉の音を使わない場合「シ♭」と「シ」を交互に演奏することになり、演奏の難しい「ブレークの音*1」となってしまいますが、Aバスクラリネットの場合は両者とも「シ」と「ド」という演奏しやすく音色もよいクラリオン音域で演奏することが可能です。
ここまで、出てきた移調譜の例を最後に提示してみます。
これ全部ユニゾンの譜面です。
古い曲にはin E、in G、in Dなんてものも
古典派や前期ロマン派のホルンやトランペットにはまだバルブ装置が装着されておりませんでした、そのため楽曲のその時の調性に合わせた「代え管」を用いて、管の長さを調整(それこそ、in Eにしたり、in Dにしたり…)していました。そのため、in E、in Dなどの表記がじゃんじゃん出てきます。
少し変わった例では、ラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌには「in Gのナチュラルホルン」の指定があります。実際の演奏では現代のホルンで演奏されることが多いですが…
+8va、+8va bassaもある意味移調譜かも?
前編でご紹介した、8マークがついていなくとも、付いているかの如く読譜するものがあります。
完全八度(1オクターブ)低く記譜(演奏される音は記譜より一オクターブ高い)
- ピッコロ
- ソプラニーノリコーダー
- ソプラノリコーダー
- バスリコーダー
完全八度(1オクターブ)高く記譜(演奏される音は記譜より一オクターブ低い)
- コントラファゴット
- コントラバス
- グレートバスリコーダー
これ以外にモデルとなる楽器に対して1オクターブ高く記譜するものもあります。
長2度と1オクターブ高く記譜 in Bb
- バスクラリネット
- テナーサクソフォン
- ユーフォニアム(T.C.)*2
長6度と1オクターブ高く記譜 in Eb
- コントラアルトクラリネット
- バリトンサクソフォン
2オクターブ高く記譜するものさえあります。
長2度と2オクターブ高く記譜 in Bb
- コントラバスクラリネット
- バスサクソフォン
長6度と2オクターブ高く記譜 in Eb
- コントラバスサクソフォン
「コントラ」とは?
「コントラ」バス、とか「コントラ」アルトクラリネット、とか聞きますよね。このコントラってなんじゃらほい?って思われるかたもいらっしゃるかと思いますが、コントラは「1オクターブ低い」という意味があります。
コントラアルトクラリネットはアルトクラリネットの1オクターブ低い楽器ですね。
じゃ、コントラバスは???
これはチェロの1オクターブ下の楽器という意味です。大オーケストラになって楽器の種類が増えてくるに従い、チェロはバス以外の役割を担うことが多くなりましたが、もともとは弦楽四重奏のそれのような、「バス」が第一の役割でした。現代においても、立派なバスを担う楽器でもあります。
その「バス」に対する「コントラ」楽器…ということで、「コントラバス」と呼ばれるようになったようですよ。
編成や文化に応じて変わる移調譜
さて、ここまでは吹奏楽やオーケストラでよくみられる移調譜について書いてきましたが、実はさらに特殊と思われるケースもありまして、それをご紹介してみようと思います。
英国式金管バンドでは、Bass Trombone以外すべてト音記号の移調譜で書く
ここまで、トロンボーンやチューバについては記載がなかったと思います。と言いますのも、吹奏楽やオーケストラにおいては、実音で書かれる楽器だからです。(実際、トロンボーンはBb管やF管の移調楽器だったりしますが、実音で記載し実音で読む文化になっているようです。スライドを備えていたために代え管の要らない楽器だからでしょうかね)
そうなのです、吹奏楽やオーケストラの人間からすると想像もつかないことなのですが、トロンボーンやチューバの譜面さえト音記号で表記
されるのです。
上から言いますと…
- in Eb(短三度高く記譜):Ebコルネット
- in Bb(長二度低く記譜):Bbコルネット(Solo, Repiano, 1st, 2nd)、フリューゲルホルン
- in Eb(長六度低く記譜):テナーホルン
- in Bb(1オクターブと長二度低く記譜):バリトンホーン、ユーフォニアム、テナートロンボーン
- 例外:バストロンボーン(ヘ音記号の実音表記です)
- in Eb(1オクターブと長六度低く記譜):Ebバス
- in Bb(2オクターブと長二度低く記譜):Bbバス
私、この譜面読むのとても苦手です(苦笑)。と言っても、バスクラリネットなどと同じと思えばいいだけなんでしょうが、普段接している常識と違うと混乱してしまうものなのですね…
非常に、合理的でもあるのですが、その理由はまた後述。
フランス式のバスクラリネットはヘ音記号
現代はまた変わってきているようですが、フランス式記譜のバスクラリネットはヘ音記号が使われていたそうです。
いやぁ、こんな譜面出てきたら、読譜大変…
「ト音記号がヘ音記号に変わっただけならば簡単じゃないの?」と思われるかもしれませんが、ところがどっこいなんです。今でこそ、私はト音記号のBb譜の読譜は楽々できますが、でもそうなるまでにト音記号を翻訳する訓練みたいなものを積んでいるわけです。
で、これのヘ音記号版をやるとなると、Bb譜の読譜ができるようになるまでにかかったのとほぼ同等の時間がかかると考えられます。その時間は途方もありません。
なんでこんなのあるの????とも思われますが、実音と基音が近いというメリットがあったりします。
さて、ここまでなんでこんな面倒くさいことになっているのか?と思われたみなさんもいらっしゃると思いますが、移調譜がある合理性がちゃんとあるのです。
移調譜とは奏者の合理性を追求したものである
これは、持ち替えの時に力を発揮します。移調譜の場合、楽器を持ち替えたとしても、記譜で同じ音は同じ運指で演奏することができます。
たとえば、アルトサックスとテナーサックスの譜面が実音で書かれていたとしましょう。
そして、持ち替えが必要になりました。となった時に、いったいどうなるでしょうか???
- ト音記号実音第一線E音を演奏する場合、アルトサックスでは第三間の「ド♯」の音を出さないといけない。ちょっと語弊があるかも、全開放の音を出さないといけない
- 同様の事をテナーサックスでやるには、第五線の「ファ♯」の音を出さないといけない。オクターブキーと左手の人差し指、中指、薬指および右手の人差し指で操作するトーンホールを閉める
わかりにくいかも…簡単に言うと実音の譜面を読む場合は「運指を変えないといけない」ということになります。
これに対し移調譜を使うと「同じ運指で演奏ができる」というとてつもないメリットを享受することができます!
もし、これがなかったら…たとえばオーボエをオーボエ・ダ・モーレ、イングリッシュホルンと持ち代える場合、in C(実音),in A, in Fの3種類の運指を覚えなくてはならなくなってしまいます。
移調譜のメリットはこれに集約されると言ってもいいでしょう。
スコアも移調譜で書かれている合理性とは?
そうなんです、多くのスコアは移調楽器については、パート譜同様移調譜で書かれています。先ほどのくるみ割り人形の譜面を見ていただいてもお分かりかと思いますが、クラリネット、イングリッシュホルン(Corno inglese)とそれ以外で調号が変わっているのがお分かりかと思います。
これ、スコアを読む側からすると、読み方を覚えなければならないというデメリットもあるのですが、でも指導時のシチュエーションを考えると大きいメリットもあるのです。
スコアとパート譜で書かれている内容が一緒であれば、奏者に指示を出すときに、スコアに書かれているままに伝えれば済みますよね?これが大きなメリットです。
もし、スコアが実音で書かれていたら(コンデンススコアは実音)実音から記音に翻訳して伝えなければなりません。
実音から記音に翻訳する作業ができる=そもそも移調譜が読める…ということになります。指揮者は移調譜に習熟していないといけません。
つまり、指揮者にとっては、移調譜の読解は苦になるものではなく、移調譜で書かれていたところで全く問題がないということなのです。
あれっ、って考えるとどっちでもいいのかな?…というのを証明する可能様に次のような例もあります。
逆に、時々実音で書かれている譜面もあったりします。プロコフィエフのスコアです。
両方あるということは、どちらでもいいんでしょうか???
うーん、でも例えば、あまり一般的ではないin Eの譜面から金管楽器の実音を推測する(使う音が限られているので比較的容易)のと、実音をin Eの記音に翻訳するのは、後者の方が難しい印象。気のせいかもしれない…
となると、個人的には、移調譜スコアの方に軍配を上げたくなります。
通常のスコアに慣れていると、スコアの見た目から得られる情報と実際に鳴る音の情報が異なるので、混乱したりします。
個人的には、普通の表記をしてほしい…
さて、意外と奥が深い移調楽譜についてでした。お楽しみいただけていたら、幸いです。
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