POPSにも果敢にチャレンジ!クラシック作編曲家 田丸和弥の音楽日記

鴨川在住の作編曲家が、作編曲家、演奏家、音楽愛好家さんへの便利情報を提供します。時々鴨川ネタもご紹介

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感動する演奏とは

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たまたま、アマチュア合唱を鑑賞する機会に恵まれました。非常に興味深く拝聴しましたので、感想を書いてみようかなと。

感動するポイントとは?


アマチュアの合唱団がいくつも参加するイベントを鑑賞してまいりました。二時間くらいは聞いていたでしょうか?実に多種多様な団が出ておりまして、編成で言えば、混声、女声、男声。団体の種類で言えば、一般、大学や高校のOBOG合唱団、大学の合唱団、PTAコーラスなどバラエティに富んでいました。

出来については、巧拙様々ではありましたが、「うわ、これは聞けない…」というところはなく、日頃の練習の様子が垣間見られました。全編に渡って楽しく観賞でき、有意義な時間を過ごすことができました。

参加者には一定数以上の社会人がいたように見受けられました。仕事、家事、子育てなどしながら、一定のクオリティを保てるくらい練習してるんだなと思ったら、それだけでもグッと来るものがありました。
我々がやっている楽器でもそうですが、忙しい中時間をつくって趣味の活動をするというのは、大変なことも多いですが、贅沢な時間の使い方をしているのかもな、と思ったりもしました。
今回のテーマについては、こういう点も関係があると言える内容です。


さて、本題へ移ります。
「感動する演奏とは?」ですが、この演奏会を通して面白いなと思う経験をいたしましたので、そのことについて書いてみようと思います。

皆さんが、感動するポイントとは一体なんでしょうか?

一糸乱れぬ完璧なものにするという方、超絶技巧に関心するという方、斬新な発想に心を奪われるという方、と人によってバラバラでしょう。
というのも、「感動する」というのはとても個人的な体験だと思うのです。三者三様、十人十色の感動がある。

感動を覚える…というのは、受け取った刺激に対して、その人がそれまで生きてきて、出会ったもの、経験したもの、乗り越えたもの、想像したもの、慰めてもらったもの、よろこびをもらったもの、悲しみに触れたもの…などなど、本当に多くの感情を伴う経験それらが全部ごちゃ混ぜになって、その人だけの、もしかしたらそれに加えて、そのときだけにしか存在しない、オリジナルの価値観を形成し、その価値観のどこか一部にでも触れられることで、引き起こされるものなのではないでしょうか。

すばらしい出来の演奏や美しい美術品のみに感動を覚えるのではなく、子供の拙い歌や、ご年配の方の枯れかけの声に感動したことがあるというお方もいらっしゃると思うのですが、こういう経験はそういった価値観のどこかに、心の琴線に触れることで引き起こされるのではないかと思います。


なんでこんなことを考えたのかというと、たまたまそう言う演奏に出会ったからです。

PTAのOGコーラスというのでしょうか?かなりご年配のご婦人たちが二曲歌っていたチームがありまして、その中の一曲にZARDの「負けないで」がありました。

Golden Best ~15th Anniversary~ (通常盤)

Golden Best ~15th Anniversary~ (通常盤)

それまでは直立で歌っていたところ、この曲に変わってからはステップを踏み始め、チームに別れてちょっとした振り付けがなされていました。とても揃っていました。
今回はこの演奏に一番心を打たれました。

正直、演奏が大変素晴しかったか?と問われるとそうでもなかったのです。基本的なポイントは押さえられていましたが、声量があるか?まとまりはあるか?表現があるか?と問われると取り立てて評価するほどではないというレベルでした。

でも、僕が一番感動したのはこの演目だったのです。

何がきっかけになったのだろう?と考えたのですが、それは「笑顔」だろうという結論になりました。
一番印象に残ったのは、目に焼き付いたのは歌い手さん達の笑顔だったからです。

みなさん、満面の笑みをたたえながら、歌ってらっしゃいました。
その笑顔は、幸せで一杯、嬉しくてたまらない、青春を謳歌しています!といったものではなく、もっと深みのある、長い時代を生き、子供を育て上げ、酸いも甘いもいろいろ蓄え、それぞれ異なる人生を歩んできた、素敵なシニア女性たちが今この瞬間に作り出せる笑顔でありました。
その皆さんがメッセージソングともいえる「負けないで」を歌っていらっしゃいました。
とても心が乗っている歌であった。
少なくとも、僕にはそういう風に感じました。

そう、この笑顔が出せるように至るまでの事を想像し、それに感動を覚えたのです。それはそれはあの場のあのみなさんにしかできない、演奏だったと思います。

この僕が想像したようなことは具体的では全くないし、もしかしたら、そんなのと無縁な人生を歩んでこられたのかもしれません。だって、そんなお話をする機会もなかったわけですから…でも、そういう風に感じるような素敵な笑顔でした。

こういうものに触れられるというのは、心を豊かにしますよね。


この感動するポイントについて、なにが言いたいかというと、「(演奏をしたり、作品をつくったりする)我々も別の誰かのそう言う存在になれているのかもしれない」ということです。観賞するに値する最低限の質は担保するべきではありますが、それを満たしたものについては、あなたにしか出せない何かがきっとあるはずで、それは見ず知らずの人の心を知らず知らず、満たしているかもしれません。

自分たちの表現を鑑賞してもらえること自体楽しく、自分自身の心を満たすものではありますが、それが人の幸せにもつながるとなったら、なんと光栄なことでしょうか。


そう、是非「うまくないから…」とか「失敗がこわいから」と演奏の機会や作品発表の場を恐れるのでなく、是非どんどんチャレンジしていってほしいなと思いました。

私も、引き続き、のらーりくらーりとではありますが、続けて行こうと思います。