吹奏楽では冷遇されがちなファゴット…私の後輩が「合奏中に全然違う曲を演奏していたのに気づかれなかったことがある」なんて言っていたことがありました。
いやいやいや、でも本来そんな冷遇される楽器ではないのです。すごい楽器なんですよ!今日はファゴットの実力を見せつけてやろう!そして、吹奏楽曲でも有効利用してもらおう!という啓蒙記事です。
- 吹奏楽におけるファゴット
吹奏楽におけるファゴット
ファゴットとは?
そもそもファゴットとはどんな楽器なのでしょうか?
外見
写真 Coming Soon....
長いですね。折りたたまれたパイプ(U字)といった様相をしています。本体は4つの部分に分かれまして、下のU字部分に、長い管を2本差し込み、歌口と逆側(ベル側)に先端部分を取り付けるような形になります。
さらに、ボーカルという楽器本体へ取り付ける細い管と、歌口であるリードを取り付けて、やっと演奏可能な状態になります。
取り外し可能な部品が多いですねぇ…
ただでさえ、楽器の準備と片づけに時間のかかる木管楽器のなかでも、ダントツ時間のかかる楽器であるでしょう…
音域
木管楽器の上の音域については、楽器や奏者の力量によって変わるものなので、絶対にこれだ!というものはありませんが、一応目安で示してみます。
よくある吹奏楽曲のファゴットの譜面を見ているわかりませんが、ファゴットという楽器、実はかなり音域の広い楽器なんです。およそ3オクターブ半もの音域をもっています。
ストラビンスキーの春の祭典はかなりの高音からソロが開始されることで有名ですね。
ト音記号で言うと、なんと、第4線のレから始まります。
最低音は通常はヘ音記号、下第3間のBbですが、その半音したのAまで出る楽器があったらしいとの話も聞ききます。
また、このAが要求される曲もありまして、ニールセンの木管五重奏曲です。
こちらの動画では最低音のAが聴こえます。曲の本当の最後の部分ですね。26'36''くらいのところです。
スゴイ!おそらく延長管を付けているのではないかと思います。
脱線、フルートでも通常の最低音CのところHが要求される曲があるそうで、もちろんHまで出る足部管もわりとメジャーではあるのですが、それを持っていない場合にテレホンカードを丸めて長さを足して、H音を出す。というのを聞いたことがあります。
さて、ファゴットの音域が拡張されていた歴を垣間見れる譜面をご紹介いたします。
毎度恒例チャイコフスキーです。
最初は交響曲第四番の冒頭です。
ここはホルンとユニゾンなのですが、ホルンの最高音の部分にご注目ください。
1stファゴットが1オクターブ下げられているのがお分かりでしょうか?
冒頭です。
フォルテシモだとファゴット単体の音色はちょっと聴こえないですけれどもね…でも、ホルンの音色を変える効果はあるのです。金管楽器に明らかに聞こえないだろうと思われる木管楽器を足すのは、若干の輝きを押さえ、輪郭と音量を増す、といった効果があります。
この譜面から読み取れるのは、ト音記号でいったところの第3間Cの音について、1877-78年当時のチャイコフスキーはファゴットには「出せない」か「危険だ」と考えていたと読み取れます。逆に、ト音記号でいったところの第三線Bbの音は出せると考えていたとも読み取れます。このBb音ですら現代吹奏楽の譜面にはなかなか出てこないと思われます。相当ハイレベルなものか、またはファゴットを活躍させようという意図のある作曲家の書いたものでなければ…
さて、時代を少し進めて1893年、交響曲第六番「悲愴」の第四楽章の譜面を見てみましょう。
音部記号がテノール記号なのにご注意!
37'35''にご注目。こちらは、木管のユニゾンなので、ファゴットの音が聞き取れると思います。というか、この楽章の最初のほうはしばらくずっと、ファゴットが活躍します。第一楽章の冒頭はファゴットのソロから開始ですし、なんとファゴットの活躍する曲なんでしょうか…
先ほどのCを超えて、C♯の音が要求されています。C#は冒頭でお話しした春の祭典の半音下の音です。この期間に楽器が改良されたのか、奏者の腕が上がったのか、チャイコフスキーの認識が改められたという事でしょう。
ちなみに、この部分においては、木管楽器群によるユニゾンですが、これより前の作品「くるみ割り人形」においては、なんとソロでこの音が書かれていたりします。後述します。
さらに…
交響的バラード「地方長官」
大変マイナーな楽曲ですが、くるみ割り人形より先に作曲された楽曲です。この曲ではさらに半音上のDが要求されています!単独でです。
音域だけでこんなに長いセクションになってしまいました…
ここまででもファゴットのポテンシャルを測ることができるかと思いますが、次の節では具体例とともに、ファゴットをさらに掘り下げてみたいと思います。
ファゴットの秘めたるポテンシャル 実際の用例
ファゴットは、木管楽器においてはバスに相当する楽器にあたるりますが、オーケストラや吹奏楽の全楽器ひっくるめて考えると、単なるバスに収まる楽器ではありません。どちらかというと器用なバリトンかテナーのようなイメージをしていただけるとよいかと思います。
そうなんです。
- 音楽の土台要員
- オブリガートを担当
- 旋律を担当
- 飾りや音楽を興味深くする役割
と、言った感じで、本当にいろいろなことができちゃう楽器だったりします。吹奏楽ではとにかく目立ちにくい楽器というイメージが強いですが、オーケストラにおいては逆で、目立つを通り越して酷使される楽器の筆頭といっても過言ではありません。(また、それくらいのポテンシャルを持っています)
では、例をいくつか見てみましょう。
動きのあるベースはお手の物
チャイコフスキー交響曲第六番第三楽章より
30'07''あたりをお聴きください。
赤で囲まれた部分がファゴットの演奏する部分です。このような動きのあるベースはファゴットの活躍する場だったりします。低音管楽器の割に息が長い楽器であり、その特性は重宝されます。
とはいえ、これまだ楽譜の一部で、この後も続くのですが、カンニングブレス抜きに演奏できるものなのでしょうか…
さて、また脱線します。チャイコフスキーネタだと脱線が多いですが、敬愛していますので…ご容赦ください。
チャイコフスキーのオーケストレーションについてなのですが、ここぞという積極的な用法の他に、消去法かな?と思われる消極的用法も見られます。で、後者においてはとても「システマティック」な使い方をする印象です。
ファゴットのこの部分は後者だと考えられます。というのも、ヴィオラ以下をご注目ください。ファゴットと同様の音形をスタッカートで演奏していますね?
はい、ファゴットはここのサポートの役割だと考えられます。
で、「どこがシステマティックなのか?」と言いますと、ファゴットの入るタイミングにご注目ください。中途半端なところから入っていますね?
さて、青く囲まれた部分をご覧ください。ファゴットが入る前は2種類の楽器でユニゾン、ファゴットが入ったあとは1オクターブに分かれていますね。
これは「楽器2種類で音量が十分になると仮定し調整した」と考えられます。
なので、こんな中途半端とも思える場所からファゴットが入っているのです。
もう一個ツッコミを入れると、ヴィオラとコントラバスの入れ替わるタイミングもなかなかですよね。
ここについては、ファゴットの音色はあまり聞こえないほうがいいのかな?とも思うのですが、ところがどっこい聴こえてもあまり違和感はありません。この音源だとよく聴こえますよね。
一瞬「え!?」と思う書き方でも、うまく聴こえてしまうのは経験のなせる業なのでしょうか。
こんな旋律まで演奏できちゃいます。
チャイコフスキーくるみ割り人形より第二幕「情景」
50'37’’あたりからファゴットのソロが始まります。譜例はソロの終わりの方の部分で、先ほど述べましたC♯の音が出てきます。
細かいし、音高いし、また、さらに、この恩恵雰囲気を出すのが大変に難しいと思うのですが…
でも、なんにせよ、こんなソロまで演奏できちゃうんです!ファゴットすごい。
この曲ファゴット以外にもフルートのフラッターが使われていたり、ヴィオラ以上の弦楽器が分散和音で和音を担当したり、チェレスタが使われていたり、と管弦楽法的に大変興味深いです。
脱線なのですが、この部分も興味深いです。なんとチェロとコントラバスが交差してます!
くるみ割り人形は異常なオーケストレーションなのに、とても魅惑な響きのする楽曲で、宝の山である楽譜だと思います。
チャイコフスキー交響曲第六番より第一楽章冒頭
このソロは非常に有名でしょう。ある意味でとても嫌なソロなんだそうです。低めの音でppなのが拍車をかけるのでしょう。ここらへんオーボエと通じるものがあります…
ちなみに、チャイコフスキーは本当にファゴットを重用する作曲家で、とあるプロの先生から「酷使するから嫌い」という話を伺ったこともあります。「くるみ割り人形は大変だけど、楽しくて好き」ともおっしゃっていましたが…
くるみ割り人形「アラビアの踊り」こんな音まで
クラリネットの後から聴こえてくるA♯Bの音をお聴きください。
これ、ファゴットのオクターブなんです。どこの音域だと思います?
1stはト音記号第2間のA♯と第3線のB音なんです。こんな高い音で、しかもppppp指定です。pが5個です。こんな音を書くなんて…まさに鬼とはこのことなのではないでしょうか。
軽妙なパッセージはお手の物
ベートーベン 交響曲第四番
適当な動画が見つからず、譜例のみです…
この部分は、速度標語が"Allegro vivace"であること、拍子が2分の2拍子であること、メトロノームの指示が全音符=80であることに注意です。
とっても速いです。
こういうスタッカートの軽妙なパッセージは得意技です。ダブルリードはうまくタンギングをして、アタックを付けないといつ音が出るかわからない楽器であります。逆に、アタックはとてもはっきりつけることができる楽器とも言えまして、このようなパッセージはとても得意です。
実は、跳躍も得意な楽器で、低めの音域を含んだ2オクターブの跳躍などよく書かれたりします。
チャイコフスキー くるみ割り人形より「中国の踊り」
低音のバスかつ軽妙で滑稽な例として秀逸だと思います。
吹奏楽でもファゴットは大活躍できるはずの楽器である
前置きが長くなってしまいましたが、何が言いたかったかと言いますと、ファゴットの高いポテンシャルをアピールして、「吹奏楽でももっと使ってもらいたい」ということを申し上げたかったのです。
どうしても、楽器が高価、教えられる人が限られる、サックスなどと比べると音量が小さ目などの理由から、控えめに使われる傾向が高いと思うのですが…たとえば、ファゴットに魅力的な譜面を用意しつつ、「保険」を掛けることもできると思うのです。
たとえば、オッシアをクラリネット、ユーフォニアム、ホルンetc...に用意する。
これだけでも、ない危険や習熟度が低い時の保険を掛けることができますよね?
オーケストラのファゴットはなくてはならない楽器であり、かつほとんどのケースにおいて1人1パート、アマオケでは空席率が高い、などの理由で、初めて1年くらいで「ライオンの子落とし」みたいな状況に追い込まれることもあります。それがいいとは言いませんが、楽曲や環境が奏者のレベルを上げる!という事はあると思います。
特に、時間がまだある学生さん達には、少しでも興味深い曲に取り組んでいただきたいなと思います…
吹奏楽でファゴットをどう使うか?
使い方いろいろです。オーケストラで使用できる用法はそのまま使えると思っていいかと思います。ただし、学生が演奏する場合、難易度の考慮は必要かと思います。
例えば…
- 低音木管と一緒にベースラインの補強
- 単独で木管の旋律のベース
- ソロ
- 低音木管およびコントラバスと動きの多いベースライン
- ユーフォニアムあたりと共に対旋律
- 木管による旋律の最低オクターブとして
ここまで読んでいただければ、多彩であることはもうお分かりだと思います。
ちなみに、特殊な例ですが、案外お勧めなのは「フルートとユニゾン」です。
むせび泣くような、すごーく独特な音色がします。必然的にファゴットは苦しい音域になります。ただ、伴奏には非常に気を遣うでしょう。
では、実際に使う場合の注意点は?
吹奏楽でファゴットを「聴かせる」ための注意点
ファゴットをちゃんと聞かせよう!という観点での注意点です。常に聞かせようとなんてしなくてももちろん問題ありません。
また、どの楽器でもそうですが、奏者や楽器によって音量や聞こえやすさは大分変ってきますので、ここで述べていることは、参考程度にとどめてください。
基本的に覆われやすい音と思うべし
他の楽器と比べると音量はどうしても出ません、またオーボエのように他との競合の少ない非常に高い音域の倍音もありませんので、音色的にも埋もれやすいです。安易に重ねると聞こえなくなります。
逆に、これはブレンドしやすいという良い点にもなります。
最低音域は聴こえやすい
聴こえにくいファゴットですが、その中においては最低音域のBb、B(H)、Cあたりは聴こえやすいと言えるでしょう。ある程度バランスを考えて演奏されたチューバと一緒に演奏したとしても十分聴こえるでしょう。この音域について言えば、チューバよりもより一層はっきりした音色だと言えるでしょう。
ファゴットを聴かせたいときはオーケストレーションに注意
音色や発音原理の全くことなる弦楽器で伴奏するならば、多少あまくてもなんとかなるかもしれません。しかし、吹奏楽器ばかりの吹奏楽の場合は最新の注意が必要でしょう。そもそも薄く書く必要がある上に、実際に演奏する場合もバランスを考慮し、かつそれを実現できる技術力が必要となるでしょう。
ここらへん吹奏楽でフルートの低音域のソロを書く場合にも同じようなことが言えるでしょう。
こういう意味で、後述の「天国の島」はそこそこ楽器を鳴らしているにも関わらず、うまく聴こえさせることに成功している例と言えるかもしれません。
是非スコアをご覧いただきたいです。
吹奏楽でファゴットの美味しい曲
オーケストラの曲ばっかり紹介していたけれども、吹奏楽で美味しい曲ないの?
天国の島/佐藤博昭
0'34''をお聴きください。オーボエとの2重奏でとっても美味しいオブリガートを担当しています。tuttiを挟んで、まだ続きます。ここまで長く目立つのはなかなかないかもしれません。
アパラチアン序曲/バーンズ
これはさほど長くはないのですが、フルート、オーボエ、ファゴットの2オクターブの旋律が2回登場します。1'49’’と4'10''あたりです。
バーンズはこの組み合わせの他にも、ピッコロ、オーボエ、ファゴットで各々2オクターブずつ間があく、4オクターブによるユニゾンを書いたりすることもあります。
吹奏楽のための「深層の祭」/三善 晃
ポップスや、ロマン派、近代あたりまでに慣れている方には、ちょっと難解な曲にあたるかもしれませんが、なんとファゴットのドソロで開始されます。
交響的小品/田丸和弥
しれっと、自作もご紹介(爆)
この曲はファゴット2パート必要な楽曲でして、できれば2パート準備できる環境がよいかと思います。
この参考音源では、残念ながら1stのみしかおりませんでしたので、魅力が伝わりきらないかも。
主だったところをいくつかピックアップしてみます。
- 冒頭はユーフォニアムとのデュオからのクラリネット群とのアンサンブルです。2ndが要る場合はベースラインをバスクラと2本で奏でます。冒頭からしばらくはチューバがお休みしていますので、2本居ればもっとよく聴こえるでしょう。
- 3'00’’からのトロンボーンの2重奏は、本来はファゴット2本によるソロ。
- 3'21''からのソロは聴こえるでしょう。
- 3'40''からと3'56''からのベースの伸ばしですが、最初2小節のみチューバがおり、そのあとはファゴットとコントラバスのみ残ります。音量のある奏者の場合はよく聴こえるでしょう。
- 4'39''クラリネットの対旋律件和音構成員。これは比較的良く聴こえると思います。
- 5'10’’1stのみ旋律を3rdクラリネット、2ndホルン、1stユーフォニアムと共に担当。
そもそも、技術的というよりも解釈上の難易度が高いのと、キャッチ―な曲ではないため、「うーん」と思われるかもしれませんが、騙されたと思って取り組んでみていただきたいです。
ファゴットのみならず、様々な点で今流行っている楽曲と全く様相の異なる曲だと思います。
蛇足「英語圏でファゴットはご注意」
ファゴットのことを英語では"Bassoon"と言いますので、ご注意。違う意味のしかも、蔑称になってしまいます。というのは結構有名なお話…
壮大なファゴット愛の記事
はい、文字数をカウントしてみたら、今まででダントツの記事となってしまいました。それだけファゴットという楽器を愛しているということです。吹いたことのもないのにね…
あー、チャイコフスキーのように使えるようになりたい…
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